〔3〕





 明日は店の定休日という晩、拓は久しぶりに友人と夕食を摂るかと約束をしていたので、自宅に樹を送り届けてから────ちなみに樹は、その後は祖父母に面倒を見てもらい、父である海が仕事帰りに連れて帰ることになっている───ひとりで街に出た。…のだが。

『悪いっ! 新人がポカしちまって、これから取引先に頭下げに行かなきゃなんなくなっちまったっ!! この埋め合わせは絶対するから、今日はキャンセルさせてくれっ ホント済まないっ!!

 と携帯に電話が入り、急きょ暇になってしまったのだ。そういえば、普通なら25歳といえば大学を出て就職して三年目で、後輩もできてそれなりに責任の伴う仕事も任される頃だなあとふと思う。

拓の場合、高校時代に調理師免許を取得して以来、実家の洋菓子店を継ぐために必要なことだけをやってきたから、一般的なサラリーマンの事情はあまりよくわからないが、大変そうだとは思う。まあ向こうに言わせれば、自営業のこちらのほうが大変そうだと言うかも知れないが。

 さて、どうするかなと拓は思う。母親には既に「夕食は食べてくる」と伝えてしまったから、家に帰っても食べるものはない。かといって急に呼び出せる相手がいる訳でもないし、ひとりでレストランに入るのも何だし、適当にファストフードででも済ませるかと思っていたところで、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた気がして、思わず振り返る。

「…?」

「だーかーらー、暇じゃないって言ってるでしょ!?

「まーたまたー。さっきから見てたけど、ずっと暇そうにそこに座ってたじゃん。ナンパ待ちしてたんでしょ?」

「違うって言ってるでしょ、しつこいわねっっ」

 気のせいかと思ったが、そうではなかった。後ろ姿と声しかわからなかったが、拓が彼女を間違えるはずがない。

「いいじゃん、遊ぼうよー……」

 いかにもチャラ男といった風な男がナンパな笑顔を浮かべてしつこく食い下がっていたが、その表情がとたんに凍りつき。その変貌に不審を抱いたらしい女性が、ゆっくりと振り返る。

「──────俺の連れに何か用か?」

 先刻までかけていたサングラスも外し、意図的に目つきを鋭くして問いかけると、男は何も言えなくなってしまったようで、無言でぷるぷると頭を横に振り出した。二人を見比べていた女性が一瞬ですべてを理解したらしく、こぼれるような笑顔を拓に向けてきた。

「拓さん! よかった、やっと来てくれて。この人、さっきからしつこくて困ってたの」

 『拓さん』の部分で力いっぱいドキドキしながらも、懸命に顔に出さないようにして、演技を続ける。

「あー?」

 わざとらしく首を傾げて男を見やると、男は顔色を一層青ざめさせて。

「し、失礼しましたーっ!!

震えながらようやく絞り出したような声を上げて、どこのアスリートだと言いたくなるほどの俊足で走り去ってしまった。それを見送って、あっさり引き下がってくれたことに思わず安堵の息をつきながら、再びサングラスをかけ直す。

「よかった、お兄さまがいらしてくれて……ホント助かりました、ありがとうございます!」

 満面の笑顔で、女性────普段と違い私服になった蘭子が、深々と頭を下げてくる。

「い、いや、ここを通りかかったのはホントに偶然で…何か聞き覚えのある声が聞こえるなあと思って見たら……」

「偶然でも何でも構いませんっ ホント困ってたんです、どんなに感謝しても足りないぐらいですわっ」

 そんなに感謝されると、大したこともしていないのにと、こちらこそ恐縮してしまう。

「ぜひとも何かお礼がしたいんですけど、お時間ありますか?」

 時間なんて、余りあるほどあるけれど……。

「まあ、一緒に夕食を食べるはずだった友人にドタキャンされて、暇といえば暇だったんですが」

 そう答えたとたん、蘭子の顔がぱあ…っと明るくなったが、すぐに「あ、でも…」と表情を曇らせた。

「どうかされました?」

「あ、実は…今日は早番だったんで、友人と映画を観ようと思っていたんですが、友人から『彼氏が熱を出してしまって…』と電話があったんで、こっちはいいからそっちを優先してあげてって断ったんですけど……」

「映画ですか? よければ付き合いますよ? どうせ時間はあるんだし」

 とくに他意もなく拓は言ったのだけど。蘭子は非常に言いづらそうに、そっと答えた。

「思いっきり恋愛映画なんです……やっぱり男の人には、入りづらいです、よね…?」

 言いながら上目遣いで訊いてくるさまは、ほんとうに可愛らしくて。サングラスをしていなかったら、拓はもう真っ赤になってしまってごまかしきれないところだった。

「…でも、観たいんでしょう?」

 そう訊き返すと、蘭子は控えめにだがこくんと頷いた。

「実は、今日を逃すともう行ける日がなくて……だけど、ひとりで入るのも行きづらいし、他に誰か行けそうな人がいないかと考えていたところで、さっきの人に声をかけられちゃって…」

 気まずそうに答える蘭子が可愛らしくて、また、いじらしくて。拓は、愛おしいと思う気持ちを止めることができなかった。

「構いませんよ」

「え…っ」

 そう答えると、信じられないものを見る目で蘭子が顔を上げたので、拓はサングラスを上にずらしながら、できるだけ優しく微笑んで見せた。

「見えないでしょうけど、俺ってこんな顔してて結構そういうの好きなんですよ。弟は見た目通りそういうのが全然ダメで、よく嫁さん…俺にとっては義理の妹にあたる子が愚痴ってました」

 それは、ほんとう。ひとに言うとたいてい笑われるので、観たいと思ってもなかなか観に行けず────付き合ってくれる女友達がいる訳でもないし、レンタル店に行くのも憚られるしで────仕方なくテレビでやるのを待って、自室のテレビで独り淋しく鑑賞するしかなかったのだ。

「だから、平気ですよ。その代わりといっては何ですが、お食事さえ付き合っていただければ、何も文句はありません」

 にこにこにっこり。拓にしては珍しく笑顔の大安売りで告げてやると、蘭子にもようやく本心だと通じたようで、蘭子もにっこりと微笑んでみせた。

「…恋愛映画お好きだったんですか? どんなのがお好きなんですか?」

「最近のはテレビでやるまであんま見られないんですけど、古いのなら『カサブランカ』とか『ローマの休日』とか好きですよ。アクションとかも観ないことはないんですけどね。むさ苦しい男どもが暴れてるのって、普段自分や弟で見慣れてるからちょっと……」

 ほんとうのことなので、少々嫌そうな顔をして言ってやると、蘭子が楽しそうにくすくすと笑う。

「……サングラス」

「え?」

「外しちゃっても構いませんよ。私なら、もう全然怖いと思っていませんから」

「そ…そうですか?」

「見た目と中身にギャップがあって誤解されることって、私にもよくありますから、気持ちとってもわかりますし」

「蘭子先生にもそんなことあるんですか? 信じられないなあ」

「あら。見た目がすべてじゃないって、お兄さまなら一番よくわかってらっしゃるんじゃないですか?」

 それを言われると、確かにその通りだ。見た目だけで判断されるその辛さは、拓は誰よりもよく知っている。

「何か…プライベートの時に『お兄さま』って呼ぶのも変な感じですね。本田さん、ていうのも弟さんとまぎらわしいし……いまだけ『拓さん』とお呼びしてもいいですか? 私のことも、『蘭子』で構いませんから。プライベートでまで『先生』って呼ばれるのもちょっと嫌だし」

「って…えええええっ!?

「お願いします!」

 蘭子に『お願い』されてしまうと、拓にはもう何も言えない。蘭子に促されるまま、こくりと頷いてしまっていた。

「よかった♪ だって、いつもの通りじゃまだ仕事してるみたいで、気を遣い過ぎちゃいそうだったんですもの」

 それは、拓とプライベートでも付き合ってもいいという意思表示なのだろうか? たとえ『友達』としてだったとしても、それは嬉しい…嬉し過ぎる。たとえ男として見られていないにしても、拓にとっては幸せ以外の何物でもなくて……。

「それで、蘭子せんせ…じゃなかった、蘭子さんは、何が観たかったんですか?」

「あ、最近CМでよくやってるヤツなんですけど……」

 遠目から見たら仲睦まじいカップルのように寄り添って、ふたりは映画館へと向かっていく。何も知らない者が見たら、このふたりがそんな関係でも何でもないなどとは思えないほど、とても楽しそうに談笑しながら。

 映画が終わるその時まで、ふたりの楽しい時間は続いたのであった……。




                *      *




 それから約三時間半後────時間がなかったので、食事は結局ファストフードで済ませたのだが、蘭子と一緒ならば拓にとってはどんな豪華な料理より満足のいく食卓だった────映画館近くの公園で、思いっきり鼻をかむ拓の姿があった。

「す、すみばせん…止まらなくて……」

 こんなことになるなんて。拓自身、自分が情けなくて仕方がない。確かに涙腺は弱いほうで、『フランダースの犬』や『母を訪ねて三千里』ででもいつでも泣ける自信があるほどだったが、よりによって蘭子と一緒のこんな時に、涙が止まらなくなるほど感動してしまうなんて…! 確かに映画のあおりは「あなたも泣かずにはいられない!」だったけれど、女性の蘭子が涙ぐむ程度のもので、男の自分がこんなにも泣かされてしまうなんて、情けないにもほどがある。

 映画館から出る時にはサングラスで何とか隠してきたが、蘭子の先導でこの公園にたどりついてベンチに座ったとたん、それまでこらえていた涙と鼻水が止まらなくなって、いまに至るという訳だ。

「こでもあるから、映画館にはなかなかいぎづらくて……」

「ああ、大丈夫ですよ、ゆっくり深呼吸をして」

 さすがに蘭子は子どもたちの感情の爆発等に慣れているせいか、拓のこんな様子にも動じるさまはまるで見せない。それどころか、拓が少しずつ落ち着いてくるように誘導までしてくれる。そんな様子が頼もしくて、拓はますます蘭子に心酔してしまう。

「誰だって、堪えきれなくなる時はありますもの。何も恥じる必要はないんですよ。だって、それが人間という生き物ですもの」

 優しい声が、拓の胸に沁み入ってくる。少しずつ、冷静さが戻ってくるような気がして、涙と鼻水が少しずつ止まってくる。何とか目尻に涙を残すのみにして、最後に思いきり鼻をかむ。ポケットに入れたままだった小さいコンビニ袋にティッシュの山を入れて、ようやく人心地ついて深くため息をつく。

「ホント、すみません。久しぶりに映画館で観たもんだから、よけいに感動しちゃったみたいで」

 やはりテレビで観るのと、大画面で観るのとでは、感動が違い過ぎるのか。まさか、ここまで泣かされるとは、自分でも思ってもみなかった。

「いいんですよ。私も結構感動しちゃいましたもの。付き合っていただけて、ホントよかったです」

 今日一緒に来るはずだった友人はあまり泣かない人なので、今日は私も遠慮なく泣けてよかったです。

 そう続けながら、蘭子は「ふふっ」と笑う。

ほんとうにいい子だなと拓は思う。他人に気を遣わせないすべを、根っから心得ているようだ。こんな彼女だから、子どもたちも素直に慕うのだろう。

 ようやく完全に落ち着いて、そろそろ蘭子を送っていかないと家の人が心配するなと思ったところで、突然声をかけられて驚いてしまう。

「どっかで見た奴がいると思ったら、鈴木じゃん」

 まるで知らない男が、数人連れでこちらを見ている。『鈴木』ということは、蘭子の知り合いか? そう訊きかけた拓の前で、蘭子の肩がぴくりと反応した気がした。蘭子の身を包む雰囲気も、何となく冷たいものに変わった気がするのも、恐らく拓の気のせいではないだろう。

「─────戸谷くん」

 蘭子の口調からしても、あまり嬉しい再会ではなさそうだった。

「なに戸谷お前、こんな美人と知り合いなんか?」

「高校のクラスメートなんだよ。美人かも知んないけど、こいつおっかないんだぜ? 可愛い顔に騙されて、どれだけの男がこっぴどくフラレたことか」

「……………」

 蘭子は何も答えない。答える必要もないと思っているのか。

「そっち、おまえの彼氏? 本人の中身とおそろいで、おっかねー同士でお似合いじゃんと思ったけど、何だよ、おまえが泣かしたんかよ?」

 しまった、サングラスをかけるのを忘れていた。涙は既に止まっていたが、まだ充血している目を見れば、拓が先刻まで泣いていたことなどお見通しだ。

「相変わらずこえー女だなー、んでもお似合いじゃね? 男泣かすような女と女に泣かされるような男と」

 戸谷の嘲るような暴言は止まらない。これにはさすがの拓も、腹が立った。自分自身のことにではなく、蘭子への暴言のためだ。ひとこと言ってやらねば気が済まないと思い、立ち上がりかけた、まさにその時。蘭子の行動のほうが早かった。ベンチから立ち上がると同時に、戸谷の頬を力いっぱいひっぱたいたのだ!!

「…ってー! あにすんだよ!?

「それはこっちのセリフよ! 何も知らないくせに、失礼なことばっか言ってんじゃないわよっ!! この人はね、あんたなんかより何倍も純粋な人なんだからっ バカにしたらあたしが許さないんだから─────っ!!

 まさに、絶叫だった。行動もだったが、蘭子がこんな大声で、激しい罵声を浴びせるなんて、拓は夢にも思ったことがなかった。

「何が許さねえだよ、目いっぱいぶん殴りやがって、このアマ!」

 戸谷の手が蘭子の腕を掴んだ瞬間、蘭子が小さく悲鳴を上げる。それを見た瞬間、拓はもう何も考えられなくなって、ほとんど無意識に立ち上がって右手で拳を作って突き出していた。戸谷の身体が吹っ飛んで、後ろに立っていた仲間たちの元に突っ込んでいく。

「あ、ごめ…つい、無意識で」

 思わず謝ってしまうが、相手はもうそんな言葉が通じるような状態ではなかった。

「てめこのヤロ、よくもやりやがったな!? おいおまえら、こいつやっちまえよ!!

「え、いいのか?」

「ふたりそろってコケにされて、黙ってられっかよ!」

「そういうことなら…」

 まるで肉食獣が舌なめずりをするかのような表情で、戸谷の仲間たちが前に歩み出てくる。拓はほとんど無意識に蘭子を背後に数歩下がらせ、来たるべき攻撃に備える。

「女の前だからってカッコつけてんじゃねえぞっ!?

 言いながら、男が二人同時に襲い掛かってくるのを軽くいなして、次の攻撃に備える。第二波の男の腕を掴み、一本背負いの要領でぶん投げると、とっさのことに受け身がとれなかったのか呻き声を上げて男が倒れ伏す。

 前にも述べた通り、拓自身は弟の海と違い、血の気は確かに多くない。けれど、それと腕に自信があるかないかは、まったく別の話である。拓自身にその気はなくとも、この容姿のせいで望まぬケンカを売られることも多々あるし、血の気の多い海のとばっちりでケンカに巻き込まれたことも決して少なくはない。そんな生活をしていれば、自然と自衛のすべも身につくというものだ。幸いというか何というか、体格も運動神経も反射神経すらも恵まれていたせいで、気付いたらとくに習い事や部活をしないでもそれなりの技量も身につき、よほどの相手でなければ何とか対処できるほどになっていたので、とりあえず取り返しのつかないことになったことはない。だから、こんなチンピラに毛が生えた程度の連中ならば、簡単ではないにしてもこの場をやり過ごす自信はあったのだけど。

「きゃ───────っ!!

 突然の甲高い叫びにギョッとして、男たちと共に思わずそちらを見てしまう。声の主は、蘭子だった。

「誰か来てーっ!! 暴漢よ、痴漢よーっ 誰か助けてーっ! 彼が殺されちゃう─────っ!!

 どこからそんな声が出るのかと思うほど、大きな叫び声だった。毎日子どもたちと全力でやりあっている体力は伊達ではなかったということか。

「何だ、どうした!?

「何、ケンカ? 警察呼んだほうがよくない?」

 どこにそんなにひそんでいたのかと思うほど、周囲から何人もわらわらと現れてきて、マズいと思ったのか、戸谷たちがそれぞれに顔を見合わせる。

「お、おい、ヤバくねえか?」

「どうするよ、戸谷っ」

 言っているうちにも、蘭子の叫び声のおかげで人が続々と集まってくる。とてもではないが、ケンカなど続けていられる状態ではない。

「ちっ 仕方ねえ、ずらかるぞっ!」

 まるでドラマか漫画の悪役のセリフだ。脱兎の勢いで連中が逃げていったとたん、蘭子の叫び声もぴたりとやんで。集まってきた見知らぬ人たちに、ぺこぺこと頭を下げながら謝り始める。

「あ、すみません、もう大丈夫ですー。ありがとうございました!」

「無事だったんならよかったけど、いつまでもうろついてないで早く帰れよー」

「はい、どうもすみませんでしたー」

 丁重に皆さんにお詫びをしまくってから、くるりと拓に向き直る。

「拓さん、大丈夫ですか!? ケガとかしてません!?

 ほんとうに心配そうに訊いてくる蘭子に、思わずときめいてしまう。

「大丈夫ですよー。多少はかすったりしたけど、マトモには食らってませんから。かすり傷程度です」

「よ…よかったあ〜……」

 さっきの剣幕はどこへやら、蘭子はホッとしたようにへたり込んでしまった。これには拓のほうが驚いてしまって、慌てて手を貸そうとしゃがみ込む。

「蘭子さんのほうこそ大丈夫ですか? さっきまではすっごい勢いだったのに」

 先刻の蘭子にはほんとうに驚いてしまったので、つい口をついて出てしまった拓の言葉に、蘭子はハッとしたような顔を見せてから、それからいつもなら決して見せないような憮然とした表情をして見せた。今日一日で、いままで見たことのない蘭子のいろんな顔を見た気がする。

「……幻滅したでしょう。いつもいつも、この容姿のせいで誤解されるんですけど。ホントの私は、癒し系なんかじゃない、もっともっと気の強い女なんですよっ さっきの見たでしょう!? カッとなったら、男の人だって平気でひっぱたいちゃったりする女なんですよっ」

 もうヤケになったのか開き直ったのか、蘭子はすっかりやさぐれてしまっている様子だ。こんな蘭子は初めて見た。けれど、決して嫌ではない。むしろ、素の蘭子に触れられて、ラッキーな気分だった。だから、そんな気分のまま言葉を発したのだけど。

「そんなことありませんよ」

 にっこり笑って告げるけれど、蘭子は不信の目だ。

「うそ。こんな女だったんだって幻滅してる」

「そんなことありませんってば。むしろ、嬉しいんです。蘭子さんも、ちゃんと血の通った人間だったんだなって。あの戸谷って男ですか? あいつひっぱたいた時は、すごいスッキリしましたよ。思わず、惚れ直しちゃったくらい」

「……え?」

 聞き返されてから、ほとんど無意識に自分の言った言葉を頭の中で反芻する。

 俺……いま何て言った!? 思いっきり焦ってもあとのまつりで、口から飛び出してしまった言葉は二度と戻ってはくれない。耳まで真っ赤に染めて、何も言えず、かといって蘭子の顔も見れないまま、拓は俯いてしまった…………。


 ふたりの行く先は、まだ誰も知らない───────。



    




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2013.1.28up

拓さん、ポロっと本音出しちゃいました(笑)
さてさて、気になる蘭子の反応は?

背景素材「空に咲く花」さま