──────ドアの前でノックを三回。それが、ふたりの合図。




「はい」

 中から響くのは、聞き慣れた低い声。面識を持ち始めた少年の頃とは全然違う、すっかり大人のものと化した声。

「やほー」

 ドアが開くと同時に、軽く手を振りながらいつもの挨拶を告げると、いつもと変わらぬホッとしたような笑顔。

「お疲れ。今日は暑かっただろ」

 細めのフレームの眼鏡をかけて一見クールに見えるその顔が、優しい笑みを浮かべて労わるような言葉をかけてくれることを、知る者は少ない。頭脳明晰で冷静沈着な彼に、皆気後れしてしまうのか、彼の懐の奥深くにまで飛び込んでくる者が少ないからだ。けれど、恋人として既に五年も付き合い続けている彼女────山下貴絵(やましたきえ)は、彼の外面も内面もほとんど把握しているといっていい。だからこうして、彼の夜のアルバイト────近所の小中学生の家庭教師だが────がない日には、仕事帰りに立ち寄るようにしている。

 そしてここは、弁護士か検事を志す彼のために、両親が家屋の敷地内に建ててくれたという勉強部屋という名のプレハブ小屋。体育会系の弟たちがいる母屋では、彼が勉強するのに妨害にしかならないだろうという配慮からだった。そして、夜通し勉強や課題をすることもある彼のため、簡単なシャワールームやトイレ、ベッドすらも置いてあるこの部屋は、もはや食事以外の彼の自宅といってもいいだろう。

「ほんと、日に日に暑くなってくわあ。そろそろ駐禁の取り締まりもキツくなってくるから、やだなあ」

 言いながら靴を脱いで、慣れた様子で貴絵は中へと歩み入っていく。彼女が心身ともに安心してすべてを委ねられる相手────志野田達(しのだとおる)の匂いを、胸いっぱい満喫しながら。

「あ、レポートやってたの? 今日はお邪魔だったかな?」

「いや、まだ期限に余裕のあるやつだから大丈夫。暇だったんで手をつけ始めてただけだよ」

「ならいいけど。…あーっ もう、汗でベタベタで気持ち悪いっ シャワー貸してー」

「どうぞご自由に」

 了承を得るが早いか、貴絵はバッグを放り出してシャワールームに向かいかけて、その手前のクローゼットから事前に置いてあった自分の着替えを取り出す。こういうこともよくあるから、着替えはいつでも常備してあるのだ。

 着ていた衣類を脱ぎ捨てて、シャワールームに飛び込むや否や、頭から熱いシャワーを浴びる。汗と一緒に、今日一日の疲れが流れていくようで気持ちがいい。全身の汚れを洗い流して出てくると、部屋に備えてある小さな冷蔵庫から達が缶ジュースを渡してきてくれたので、嬉しく思う心のままに笑顔で礼を告げてさっそく一口。夏用のラフなマキシ丈のワンピースに着替えて、仕事中はアップにしている髪も完全に下ろしたので、ほんとうに家────というには語弊があるが────に帰ってきた気分になって、ホッとする。 

そんな貴絵を満足そうに眺めていた達が、ふいに机から立ち上がって、自分が着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。

「俺も、シャワー浴びてきちまう。今日は一番暑い時間に帰ってきたから、結構汗かいちまったんだよな」

「行ってらっしゃーい」

 シャワールームに消えた達を見送ってから、達のベッドに寝転んで雑誌をパラパラと流し読みしていた貴絵は、仕事の疲れからかそのうちうたた寝をしてしまっていたらしい。うつ伏せで寝ていた背中に唐突に感じた、決して重過ぎない負荷で目が覚めた。

「あ、れ…? あたし、寝ちゃってた?」

「ああ。ひとのベッドでとんでもなく気持ちよさそうにな」

「あははー、ごめーん」

 達も本気で怒っている訳ではないのがわかっているから、楽しそうに笑いながらころりと向こう側に転がる。親戚の人が「次に引っ越すのは和室しかない家だから」と言って譲ってくれたというセミダブルのベッドは、貴絵と達の体型なら十分余裕で並んで寝転がれる広さで。貴絵の上に覆いかぶさるように乗っていた達も、ころりとその隣に寝転がった。

「やっぱり仕事大変なのか?」

「んー。肉体的な辛さというより、精神的な忍耐力のほうが試されるかな。だって、自分が違反したから捕まってるってのに、逆ギレする人多過ぎ! こっちまでキレないようにするのも結構大変なのよ?」

「ストッパー役の夕映ちゃんの苦労がしのばれるよ」

 苦笑いする達に、貴絵はぷうと頬をふくらませて、拗ねたような口調で言いながらそっぽを向いた。

「ふーんだ。どうせあたしは、短気ですよーっだ」

 達に近い側とは反対側の頬に、のばされる大きい手。

「言い方を変えれば、裏表のない性格ってことだろ? そんなお前だから、俺は安心してそばにいられるんだってこと、いい加減に覚えろっての」

 言い終わると同時に、唇に落とされる優しいキス。

 まったくもう。トオルってば、口がうまいんだから。やっぱり検事や弁護士に向いてるわよね。

 そんなことを思いながら、キスを受け止めつつゆっくりと達の首へと両腕を回す。それに気付いた達が、みずからの眼鏡を外してサイドボードに置いて……貴絵の浮いた背中とベッドとの間に腕を差し入れて、強く抱き締めてくれる。貴絵が一番ホッとする、安らぎのひと時だった。

 やがて、舌先で唇をノックされて、目を閉じたままで唇をそっと開くと同時に口内にゆっくりと入り込んでくる相手の舌。それに応えて舌を動かしているうちに、いつの間にか胸元に伸ばされている…やはり優しい手のひら。どんなに余裕がない時でも、達の貴絵に触れる手は優しい。服の上から緩やかに触られているだけで、貴絵の中の何かに小さく火が灯って、やがてそれは己の身を焦がすのではないかと思えるほどに熱い炎になっていく。

「…あ…っ」

 唇が離れると同時に思わず吐息を洩らした貴絵の視界に、楽しそうに微笑む達の顔。何となく悔しくて何か言ってやろうと思ったとたん、首筋に唇を当てられて結局何も言えなくなってしまう。それなりに長い年月を共に過ごしてきた達には、貴絵の弱いところなどお見通しということだ。

「このワンピース、似合ってていいけど……脱がすのにはちょっと面倒くさいかな」

「すけべ」

「俺だって男だからな。人並に性欲ぐらい持ち合わせているさ。単に、滅多に人前で表さないだけで」

「そういうの、何ていうか知ってる? 『むっつりすけべ』って言うのよ」

 皮肉気に言ってやったとたん、スカートの中、貴絵の内股を突然手のひらが撫でてきたので、びくりと身を震わせてしまう。

「あ…っ!」

「そういう減らず口をたたくいけない子には、お仕置きだな」

 こんの…隠れドSっ 巨大な猫被り俺様っ 惚れてる相手じゃなかったら、とっくの昔に再起不能にしてやってるとこよっっ

 武道の有段者が言うには恐ろし過ぎることを思いながらも、身体はすっかり達の手に翻弄されていて、気付いた時にはワンピースはすっかり脱がされてベッドの下だった。完全に下着のみの姿にされた貴絵の脚の上に陣取っているのは、いつの間にか自分も着ていたラフな服を脱ぎ捨てて下着一枚になった達の姿。

「このワンピースをそんな簡単に脱がせられる人なんて、そうそういないわよ? やっぱりよその人よりえっち度高いんじゃないの?」

 けれど、達も堪えない。

「…そうか? だけど、そんな俺でも好きなんだろ?」

「…っ」

 こんの自信過剰男、と思うけれど、否定しきれないのはやはり惚れた弱みがあるから。いつの間にか背中に手を回されてホックを外されたブラをずらされて、茶色のやわらかな髪が胸元に触れる感触がくすぐったい。それはすぐに、快感へととってかわられてしまうけれど。

「あ…やんっ」

 胸の頂を舌と唇でもてあそばれると同時に、もう片方の胸を優しくこねる大きな手。時折指先で先端に刺激を与えてくるその隙のなさが、貴絵を快楽の海へと誘ってくる。

「あ、はあっ」

 もはや意味のある言葉など発せなくなっている唇に、再び触れるやわらかな唇。頬に、額に、瞼に落とされたそれは、そのまま首筋や鎖骨をなぞり、ぞくぞくする感覚を貴絵へ与え、その頭から思考力を奪っていく。またしても胸元を蹂躙し始めると同時に、太腿に伸ばされる手。既に力が入らなくなっている両脚をそっとこじ開け、下着の上から敏感な部分にゆっくりと触れる。

「!」

「可愛い…貴絵」

 普段は滅多にそんなことを口にしないくせに、こういう時には大サービスで口にするんだから。

 手で、舌で、肌をなぞり、貴絵の中の熱を高めていく。中でも下着の中に埋められた指が、強弱や緩急をつけては貴絵の快楽を引き出し、呼吸さえもままならないほどに彼女を翻弄していく。思えば、最初の頃からそうだった。初めてだと語ったわりには、女の身体のあれこれをよく知っていて、ほんとうに初めてだったのかといまでも貴絵に疑いを持たせることがあるほどだ。彼の内面を知れば知るほど、彼がその淡白そうな見た目を裏切って、実は肉食獣のような本性を隠し持っていることに気付いたけれど、こんなこと、親友の夕映にすら話せることではない。異性とそういう意味で付き合ったことのない彼女には、きっと刺激が強過ぎるだろうから。

 そんなことを考えていた貴絵の胸先に、小さく走るかすかな痛み。達が軽く甘噛みしたのだ。

「い…っ」

「こーら。他のこと考えてたろ。いつも言ってるだろ、何かする時は集中しろって」

 普段は勉強や武道の鍛錬の時に言うセリフをここで口にするとは……何だか可笑しくなって、くすりと笑ってしまう。

「やっぱりすけべ」

「何とでも言え」

 気付かないうちに脱がされた下着をベッドの下に落とされて、大きく脚を広げさせられた貴絵の中心に、更に深く埋められる長い指。

「あ…や、は…っ んっ ああっ」

 思わず両手を伸ばして達の首へと抱きつくと、やはりいつの間にか下着を脱いで準備万端になっていた彼自身が目に入った。自分の身体や反応のために彼がそうなっているのかと思うと、何だか嬉しくなってくる。

「あ…トオル……トオ、ル…」

 少しずつみずからの身を下へとずらしていく達からの返事はないが、その代わりなのか太腿を這う生温かい感触のもの。それは脚を大きく開いているせいであらわになっている内股をなぞってから、ゆっくりと貴絵の中心へと進んで、指で襞を広げたそこへと埋められる。

「や、ああっ!」

 何度されても、この恥ずかしさにはなかなか慣れるものではない。もしも夕映が世の中にこんな行為があると知ったら、羞恥のあまり卒倒しそうだと貴絵は思う。どんなに恥ずかしくても、快楽を感じる正直な自分の身体に内心で苦笑いを浮かべるしかないのだけど。そんな考えも、それまでは指や舌で掠める程度だった蕾を重点的に攻められ始めてからは、あっという間に霧散してしまった。

「あっ んあっ は…っ だ、だめっ」

 自分でも、もはや何を言っているのかわからない。それがわかっているのか、達の動きは止まることなく、容赦なく貴絵を高みに押し上げていく。

「ふ、あああっ!」

 一気に絶頂へと導かれて力を失った貴絵の身体が、わずかに間が開いていたベッドのシーツへと倒れ込んだ……。


「貴絵? 大丈夫か?」

 みずからの口元を手の甲で拭いながら、自分の顔を覗き込んでくる達に、一時はすっかりなりをひそめていた羞恥心がよみがえってくる。

「こ、今度はあたしの番よっ」

 言いながら達の胸を押しながら、起き上がる。

「え?」

 貴絵の向かい側にぺたりと腰を下ろした、胡坐をかくような形になっていた達の両脚を左右に広げさせ、貴絵は邪魔な髪を耳にかけながら、ゆっくりと顔を下ろす。眼下にあるのは、すっかり昂った達の分身。正直言って、こんなに間近で見たことは数えるほどしかなかったソレに、抵抗がないといえば嘘になる。いままでそういうことをしたのは、達の誕生日の時や大学受験に合格した時────それも付き合い始めて、そういう関係になって、更にしばらく経ってからだった────ぐらいだったから。だから、達も意表を突かれたのだろう。

「き、貴絵!?

 達の驚いたような声が耳をつくが、貴絵は躊躇うことなくソレに手をふれて、そっと握って……それからゆっくりと唇を近付ける。ソレを握ったままの手を緩慢に動かし始めて、その先端にそっとキスをすると、達の身体がびくりと震えたのがわかった。以前した時は抵抗もあったし、何より恥ずかしさが先に立っていたから彼を満足させるなんて程遠かったけれど、いまは違う。自室にひとりでいる時にネットで懸命に調べて、どうすれば男性が悦ぶのか、懸命に勉強したつもりだった。実は達も似たようなことをしていたことを、貴絵は知らないけれど。

 恐らくは、自分の技量など拙いものだという自覚はあった。けれど、自分ばかり翻弄されるのが悔しかったのだ。冷静な時の達や暁に言ったりしたら、「負けず嫌い」と言われそうだったけれど─────ここで夕映の名を出さなかったのは、貴絵の心情云々よりもこの行為の過激さで頭がいっぱいになってしまって、とても冷静に判断を下せなさそうだと思ったからで他意はない。

「あ、く…っ 貴絵…貴絵……」

 彼がどのくらい快楽を得てくれているのかわからないが、少なくとも以前のように貴絵がこんなことをしている、というだけで興奮しているのとは違うと貴絵は確信していた。何故なら、いま手にしている彼自身の質量と硬さが更に増して、彼の呼吸が明らかに先ほどより乱れ始めていたから。ネットで調べた通りの箇所を順番に舌でゆっくりと攻めて、手を動かすことも忘れない。あまり早いうちから激しく手を動かすと、相手が痛みを感じることもあるとあったので、そのことにも気をつける。

 口に入れた瞬間、いままで味わったこともないような奇妙な味の滴に気付いたが、それは女性と同じように反射的に出るものだということも知っていたので、気にしないことにした。好きな相手のそれでなければ、絶対ごめんだと思えるような味だったけれど。それよりも、もっととんでもない味のものが最終的に出るということも知っていたので、覚悟を決めてそのまま続ける。けれど、そんな決意を胸に抱いた貴絵が肩透かしを食わされたのは、次の瞬間のこと。

「え?」

 達が貴絵の肩を掴んで、自分の身から離させたのだ。

「もしかして…気持ちよくなかった……?」

 急に不安になってしまって、声が小さくなってしまう。

「そうじゃなくて…っ そんなつもりなかったところでこんな形でイカされるのは、不本意っつーか、男の沽券に関わるっつーか」

「え? 股間に関わる?」

 これは本気で言った訳ではなく、単にボケただけである。こんな真面目な空気は、貴絵の性に合わないのだ────もっともそれはプライベートに限っての話だが。それがわかっているらしい達は、そのまま黙って貴絵を反対側に押し倒した。

「…貴絵お前、今日は確か大丈夫な日だったよな」

「多分…そうだったと思うけど」

 達の言いたいことは何となくわかるけれど、いつも冷静な達が予想している通りのことを言うとは信じ難くて、半信半疑で答えを返す。達の意図を、貴絵が確信するのはその数十秒後のこと。

「えっ 嘘でしょっ!?

 貴絵のナカに再び指を挿し入れると同時に、常の彼らしくなく貴絵の弱いところを性急に攻め始めて、またしても快感を引き出そうとする。初めこそ疑問に思っていた貴絵だったが、ひっきりなしに訪れる快楽に身をまかせて、思わず嬌声を上げてしまう。それを確認してか達は指を引き抜いて、みずからの腰を近付けてきた。貴絵の記憶が確かならば、ついさっき貴絵が触れていた時からいままで、達がいわゆる避妊具を装着している暇も様子もなかったはずだ。そこに先ほどの質問を合わせると、達の意図はおのずと見えてきて……。

「…っ!」

 貴絵のナカいっぱいに、ぴったり収まるように挿入(はい)ってきたそれが何かなど、貴絵には訊くまでもなくわかっていることで……。

「何もつけないでしたいのをずっと我慢してたのに、火をつけたのはお前だからな。今日はこのまま、とことん付き合ってもらうぞ」

 耳元でささやかれる、挑発的な声。めいっぱい広げられた脚の間に感じる達の身体の質量その他から、何をされているのかはすぐにわかった。ただひとつ違っているのは、自分のナカを占めているソレの、いつもとはどこか違う感覚……。達の体温を、いままでのどんな時よりも身近に感じる。いま自分たちは、もうこれ以上ないくらいに密着していることに、焦り────それによって起こるかも知れない事態に対してのそれだ────よりも喜びを感じている自分に、貴絵自身が驚いていた。

「……どうした?」

 自分でやっておきながら、心配そうに問いかけてくる達が可笑しい。

「ううん…何だか、幸せだなあって思って」

「だ・か・ら! そういう男を煽ることを……いや。もういいや」

 言うと同時に達が律動を開始して、間髪入れずに貴絵を快楽の海へと引き込んでいく。

「あ…っ トオル…トオル……っ」

 もう、愛しいその名を呼ぶことしかできない。

「…っ!」

 先の刺激で彼も限界が近かったのだろう。貴絵のナカで彼が脈打ったのが、いままでのどんな時よりも明確に感じられて、貴絵はいままでのどんな時よりも幸せを噛みしめながら、全身に襲い来る快楽の流れに身をまかせた…………。




                             *     *




 それから数十分後。

「え。例の同僚くんが?」

 後処理を済ませ、再び貴絵の隣に横たわった達が、驚いたように眼鏡の奥の目を向けた。

「うん。夕映を庇って一緒に階段から落ちたらしくて。現場は大騒ぎだったみたいよ」

 その場に貴絵はいなかったので、たまたま居合わせた他の署員や後から夕映本人に聞いた伝聞でしかないのだが。

「おかげで夕映もかすり傷で済んで、市原も軽傷で済んだらしいんだけど…」

「マズい、かな」

「何がマズいの?」

「暁さんだよ。ただでさえ職場も違って普段一緒にいられないってのに、ライバルにそんなポイントを稼がれたんじゃ、暁さんにしてみたら不利じゃんか」

「あ、そうか、それもそうね」

 市原は元より、暁が夕映に本気になったと達から聞いたのは、つい最近のことだった。

「女の子にあそこまでマジになった暁さんを見るのは、何年ぶりかなあ。最近おとなしくしてた分、もっとガンガン行くかと思ってたけど、意外に慎重なんだよな。それだけいままでよりよっぽど真剣ってことなんかな」

「そこで市原がこれじゃあ……夕映もいま揺れに揺れてるでしょうねえ」

 ただでさえ経験が少ないのに、そこにきてこれでは……親友の心情を思うと、何だか同情したくなってくる。貴絵だって、かつて達一人だけが相手であってもあれだけ混乱したというのに……。

「─────ま。ほとんど部外者の俺たちには、大してできることもないけどな」

 冷たいと思われそうだが、達の言うことももっともなのである。当事者はあの三人なのだ。彼ら自身から相談でも受けない限り、ふたりが何をしようとしても、それはただのお節介でしかない。

「そう、ね。夕映から相談でもしてきたら、それこそ親身になってアドバイスでもしたげるとこなんだけど」

 それでも、決めるのはやはり夕映自身でしかないのだけど……。

「まあ、あっちのことはとりあえず当事者にまかせておいて…」

 再び、外されてサイドボードに置かれる眼鏡。

「こっちはこっちで、存分にその先に行かせてもらおうじゃん」

 言うが早いか、再び貴絵の裸の胸に伸ばされる腕。

「え、うそ、もう一回!?

「もう一回で済むと思うか? 先週から会えなくてたまりまくってる上に、初めてナマでの快感まで味合わせてもらっちまったからな、こうなったら限界までとことんヤリたいって思っても仕方ないだろ?」

「普通、久々の恋人との逢瀬で男の本音をそこまでぶっちゃける?」

「いいじゃん、他で発散させるよりは。ある意味純愛だろ?」

 まあ、言われてみればそうかも知れないが……ここまで開き直って言われてしまったら、いっそ清々しいとさえいえるかも知れない。もう反論する気も失せて、貴絵はもう笑ってしまうことしかできなかった。

「もう好きにして……」

「よーし、根性見せろよー?」

 くすくすくす。もう、笑いが止まらない。夕映も、もしかしたら暁さえも知らないかも知れない、達の本性。そんな彼を知っているのは、自分だけかも知れない。けれどそれが決して嫌な訳でもなく、むしろ優越感さえ抱いてしまう自分は、もしかしたらもう手遅れなのかも知れないと思いつつ、彼の若い情熱を受け止めるべく、貴絵は気合いを入れ直すのであった…………。




    





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2013.2.27up

トオルと貴絵の、誰にも内緒の秘め事です。
「せっかくR-18なんだしー、
夕映たちとの差別化をはかってみるか」
と思ったら、夕映あたりはそのまま気絶しそうな話に
なってしまいました(笑)
時系列的にはまだ夕映たちが
三角関係をやっていた頃です。

背景素材「空に咲く花」さま