〔3〕





 何故こんなことになったのか。夕映にはわからなかった。自宅の庭先に駐められた白を基調とした色彩のスクーターを眺めながら、本日何度目かわからないため息をつく。

 あの後────もう既に数日が経っているが────貴絵と共にひったくり犯を確保して、署からやってきた応援の人員に引き渡し、被害者である女性を託して事後処理を任せて別れた後、店主である男性に礼を言いながら竹刀を返却して、淹れ直してもらった茶を飲みながら一服していたところで、貴絵が唐突に言い出したのだ。

「……で。運動神経も反射神経も何の問題もないと証明できた訳だし、夕映はどのスクーターにする?」

「は!?

 そもそも、「スクーターがほしい」と言い出したのは貴絵のほうなのに、何故自分まで付き合って購入しなければならないのか!? そう伝えると、貴絵はきょとんとした顔をしてあっさりと答えてみせた。

「トオルはあたしのことだけ心配してるんじゃないのよ? 夕映のことだって同じように心配してるのよ? 同じようにいくら家が近くて腕に覚えがあるからって、徒歩や自転車じゃいつどんな危険な目に遭うかわからないって。書類の処理で手間取ったりして、帰りが遅くなる日もあるじゃない? それでもスクーターなら変な人にもそうそう捕まらないし、万が一凶器とかで頭を殴られてもヘルメットがあるから安心だろって」

 貴絵だけでなく、トオルにまで言われると、夕映はもう反論のしようがない。別にトオルに友情以外の感情は抱いていないが、その性格と判断力は信用しているので、純粋に恋人の貴絵のみならず自分をも心配してくれているのがわかるからだ。

 ……けれど。

「やっぱり…まだバイクとかには、抵抗がある…?」

 夕映の過去を全部とは言わないまでも、かなり深いところまで知っている貴絵が、微妙に表情を曇らせる。いつも明るく元気な貴絵に、そんな表情をさせるのは心苦しくて、何も答えずに立ち上がり、店内に所狭しと並べられている二輪車の群れに目をやった。正直、やはりまだ見ていて気分のいいものではない。悪いのは二輪車そのものではなく、それを運転する人間の心根次第だということもわかってはいる。あの辛い体験から10年以上経った現在だからこそ、何とかそう思えるようになった事実だった。

 陽香ちゃん……私、どうしたらいい…?

 答えが返る訳がないことをわかっていながら、心の中で問いかける。そんな夕映の感傷を打ち砕くかのように、無頓着そのものの声を投げかけてきたのは……それまで沈黙を守っていた暁だった。

「過去に二輪がらみで何があったか知んないけどよー。二輪は何も悪くないんだぜ? 何しろ自分だけじゃ動くことすらできねーんだから。結局は、それを操る人間の性根がいいか悪いかってことなんだしよ」

 重々わかっていたことを駄目押しのように突きつけられて、それまでの感傷はどこへやら、夕映の頭に一瞬にして血が上った。

「そんなことわかってます! それでも…頭でわかってても気持ちがついていかないんだから、仕方ないんですっ」

 それは、まぎれもない本音。世間一般に出回っている二輪車の大半はあの時のそれとは別のものだし、二輪に乗っている人間すべてが悪人でないこともわかっているけれど、それでも。あの時の恐怖は、10年経ったいまでも払拭しきれるものではないし、怒りや悲しみも忘れられるものではない。

「あー。それとも、乗るのが怖いとか?」

「え?」

 心の奥底を見破られたかと思って、一瞬どきりとする。

「チャリンコとは別もんだもんなー。スピードも段チだし、コケた時の痛みも半端ねえからなー」

「そんなんじゃありません!」

「どうだか」

 暁の顔は、まるで他人をからかう悪ガキそのものだ。それを見た瞬間、夕映の中の負けず嫌い魂に火がついた。

「そんなに言うなら、乗って見せてやろうじゃないですかっ! 矢でも鉄砲でも持ってらっしゃいっ」

 激情のまま、そう言い放った瞬間。「にや〜っ」と人の悪い笑みを浮かべた貴絵と暁にハッとする。

「わーい、貴絵も一緒にスクーターデビューだ〜!」

「毎度あり〜!」

 「しまった」と思った時には、もう遅い。そんな訳で、貴絵と共に夕映までスクーターを購入する羽目になってしまったのだ……。

「でもさあ。交通課所属の警官として、乗ってる人の気持ちを知るのも大事なことだと思うわよ?」

 確かにそれは正論ではあるが……。

「で、夕映はどれにする? あたし、さっきからこれ可愛いなあとか思ってたのよね」

 貴絵が楽しそうに指差したのは、全体的に丸みのあるフォルムの、ショッキングピンクを基調としたスクーター。実は結構可愛いもの好きな貴絵が、いかにも気に入りそうなデザインだった。貴絵はハンドルを握ってみたり、シートに座ってみたりと、なかなかご機嫌の様子だ。

「ああ、それな。若い女の子に結構人気あるんだぜ」

「お値段もお手頃だし、あたしこれにしちゃおっかなあ。夕映はどうする?」

「別に…貴絵と色違いでいいわ。シンプルなこのへんならいいかも」

 そう言って夕映が触れたのは、貴絵が気に入ったものの色違いで、やわらかな印象をかもしだす白のスクーター。いかにもバイク、という感じのものには乗りたくなかったので、目についた中でできるだけシンプルでソフトな感じのものを選んだのだ。

「あ、それいいんじゃない? 清楚な感じが夕映にぴったり」

「白かあ。どうせなら、もちっと華やかなものにしときゃいいのに」

「お客さんが選んだものに文句つけるなんざ、生意気だっつーんだ」

 暁の後頭部に、店主の拳骨が飛んだ。

「いてーな、クソ親父っ!」

 しかし店主は、暁には目もくれず、夕映の前に歩み寄っていく。そして、それまでとは段違いの優しい瞳で彼女を見つめながら、そっと口を開いた。

「…夕映ちゃん、俺はその気のない人を無理に乗せようなんて思ってないから、正直に言っていいんだぞ? ほんとうに、大丈夫なのかい?」

「…!」

 夕映の事情など何も知らないはずの店主の瞳は、すべてを見透かすような穏やかな不思議な色をたたえていて。夕映の心を、まるで波が凪いでいくように、ゆっくりと少しずつ鎮まらせていく。今日初めて会ったばかりだというのに、この人はほんとうに夕映のことを心配してくれているのだと悟った瞬間、夕映は半ば無意識に、ゆっくりと頷いていた。

「……はい。いつまでも逃げていても、仕方ありませんから」

 先刻までは、あんなにも二輪に対して抵抗感を抱いていたのに。この男性にそう静かに問われると、そんな抵抗感などささいなもののように思えてくるから不思議だ。

 大切だった陽香の命と未来を奪い、自分の心と身体に決して消えない傷を負わせた二輪とその運転手はいまでも許せないし、憎くて仕方ない。けれど、だからといってずっと二輪やそれを運転する人々全体を憎んで生きていく訳にもいかないのも、また事実で。陽香の仇をとることを誓ったのも自分なら、少しずつ…自身の心の鎧を外していくことを決意したのも、また、自分なのだ。

「だから……いいんです…………」

 何故だろう。この男性が相手だと、穏やかに素直に本心を吐露できる気がする。

「あんだよ、二人にしかわかんねー会話してんじゃねーよっ」

 …暁相手だと論外ではあるが。

「ではおじさま、貴絵と一緒にお会計…と言いたいところなんですが、私は買う予定なんてなかったので今日はほとんど手持ちがなくて……」

「ああ、いいよいいよ、いつでも。まだ、登録とかいろいろやらなきゃなんないこともあるし。二人とも警察官ならわかってるよな?」

「はい、交通課所属ですし。では後で、改めて用意してまいります」

「あ、じゃああたしも夕映と一緒に払おうかなあ。金額ほとんど一緒でしょ? そのほうがそっちも手間が省けるんじゃない?」

「ああ、それで構わねえよ。それまでに登録やら整備も終わらしとくし」

 そんな風にとんとん拍子で話が進んでしまって、気付いた時にはすっかり購入することになっていたのだ。もちろん、トオルと同じような危惧を自分の両親も抱いていたために────帰りが極端に遅くなる時は、迎えに行くから電話をしろと毎度毎度言われ続けていたのだ────反対される理由もなく、スクーターの購入、乗用についてはむしろ歓迎している感じだった。

 それでも、夕映の気持ちが晴れない理由は別にある。

 おじさんとおばさんは……どう思うかな。

 そう思った瞬間、いても立ってもいられなくなって、夕映は立ち上がっていた。

「あたし…ちょっとでかけてくる」

「どこへ? もうすぐ九時になるわよ?」

「すぐそこよ、陽香ちゃんち」

 母親に言うだけ言って、夕映は返事を待たずにスクーターを押して、ゆっくりと歩きだした。エンジンもかけないしいまは乗る気もなかったので、ヘルメットもかぶらないままで歩き続ける。


 陽香の家は、幼なじみだけあって夕映の家の真近くにあり、スクーターを押した状態でも二分とかからずに着いてしまった。突然訪れた夕映に、陽香の両親は驚いたものの、すぐに笑顔でリビングへと通してくれて、茶を出してくれた。

「まあまあ、夕映ちゃん、どうしたの? こんな急に」

 陽香を亡くして以来少々年齢不相応に老けたものの、ふたりは相変わらず夕映に優しい。自分たちの娘は亡くなったのに、どうして夕映だけが助かったのか、などというような言葉を、夕映はふたりから一切聞いたことがない。夕映自身、件の事故で数日間生死の境をさまよったせいもあるのだろうが…………。

「私……」

 自分の口から話すと決意したにも関わらず、夕映の唇は肝心な言葉を一向に紡いではくれない。けれど、話さなければならないことだ。正座をした膝の上でぎゅっと両手を握り締めて、夕映はバッと顔を上げて、ふたりをまっすぐに見た。

「あのっ 言い訳じみてると自分でも思うんですけどっ」

 二輪によって愛娘を亡くしたふたりの前で、無神経だと思う気持ちもあるのだけれど、自分がスクーターを買ったことを後から別の人間から伝えられて傷つけるよりは、自分の口から告げるべきだと思ったから。その結果、ふたりにどう思われようと……これだけは、自分の口から伝えなければならないと、夕映は思ったから、だから。だから、ふたりから視線をそらすことなく、包み隠さずすべてを話した。

「…………」

 はあっと息をついてから、夕映は再び俯いてしまう。伝えるべきことは、すべて伝えたと思う。あとは、ふたりの思うままにまかせるしかない。たとえ軽蔑されたとしても、仕方がないと思う。自分自身でさえ、みずからが二輪に乗ることはいまだ抵抗があるのだ、陽香の両親であるふたりにはなおさらだろう。この際、同僚兼友人に半ば強引に勧められたことなど、何の免罪符にもならない。

「……バイクのせいであんなことになったというのに、違う種類だから大丈夫なんて、自分でもバカなことを言ってると思います。だけど……」

「夕映ちゃん」

 夕映の言いかけた言葉を遮ったのは、それまで黙って話を聞いていた陽香の父親だった。昔から夕映のことを、陽香同様実の娘のように可愛がってくれていた相手だった。

「夕映ちゃんの気持ちは、痛いほどにわかるよ。私たちだって、未だに二輪を見かけるたびに複雑な気持ちになるんだから。だけど、それと夕映ちゃんがスクーターに乗る件は、全然別の問題だよ」

「…っ!」

 思わず顔を上げた夕映の瞳に映ったのは、優しく微笑むふたりの笑顔……。

「そうよ、夕映ちゃん。陽香や私たちのことをそこまで思ってくれるのは嬉しいけど、それで夜道なんかで夕映ちゃんに何かあったら、私たちはそっちのほうが悲しいわ」

「でも…!」

「そりゃあ、陽香を亡くした時は悲しかったし、すべての二輪を憎んだわ。だけど、時間が経つにつれて、そうではないことに気付いたの。夕映ちゃんと同じようにね。自分たちが大切なものを奪われたからって、世の中のすべての人間が悪い訳じゃないって、夕映ちゃんだってわかっているでしょう?」

「…はい……」

「それと同じよ。だから、夕映ちゃんがたとえ二輪に乗ったところで、私たちにとっての夕映ちゃんはいままでと何の変わりもなく、陽香と同じ、可愛い娘なの」

 泣くつもりなんてなかったのに。瞳から、涙がこぼれ始める。

「夕映ちゃん。夕映ちゃんは今年も、陽香の命日に墓前に花を持って参ってくれただろう? いつも陽香が好きだった花を持ってきてくれるから、すぐわかるよ。毎年…早い時間にいつも新しい花が供えられていることに、気付いているかい?」

 そういえば…夕映が訪れるのは、学生時代────それには警察学校時代も含まれる────には学校が終わってから、就職してからはできるだけその日に非番をとって、午前中だったけれど……何時に行っても、誰かが先に花を供えていて。てっきりそれは、陽香の両親が供えたものだと思っていたけれど…違うのだろうか?

「あれはね。陽香をはねた……あの時の少年が供えているものなんだよ。その彼ひとりだけじゃない。夕映ちゃんをはねた少年も、同じようにね」

「─────っ!!

「夕映ちゃんが一命をとりとめたことは知っているけれど……とてもあわせる顔がないと言って、夕映ちゃんが意識を取り戻したあの時以来、夕映ちゃんと同じように、陽香の月命日にも必ず早朝にやってきて、墓を綺麗にして新しい花を供えてくれているんだ」

 初めて聞く話だった。信じられなかった。あの真っ白い部屋で夕映が目を覚ました時、視界にまず飛び込んできたのは、瞳いっぱいに涙をためた自分の両親の顔と……その後ろに控えるように立っていた陽香の両親。そして……ベッドで寝たままの夕映からも見えるような位置で、床に頭をすりつけんばかりに土下座する、ひとりの少年の姿──────。 

後で、それが自分をはねた二輪を運転していた少年だと聞かされた。自分が、数日間も生死の境をさまよい、生還できたのは奇跡に近い事実だったということも。そして、陽香はほとんど即死状態であったということも…………。

 「嘘だ」と叫びたかった。だけど、夕映の瞳をまっすぐ見つめる陽香の両親の瞳は、真剣そのもので──────。

「私たちもね。初めは許せなかったよ。大事な娘の命も未来も…すべてを奪った相手のことを。けれど彼らは、あれ以来二輪に乗ることをやめて……人の命を助けるためのこと…看護師やヘルパーになるための勉強を始め、いまは立派に働いているんだ。それを知ったら、いつまでも憎み続けることができなくなってしまってね。悲しみは消えないけれど…許す努力をしようと。残された陽香のきょうだいたちと共に、あの子の分まで前を向いて生きようと……決めたんだよ」

 もう、涙が止まらなかった。どこまで…どこまで優しいのだ、この人たちは…!

両手で顔をおおって再び俯いてしまった夕映の肩を、ふわりと包み込む優しいぬくもり……。

「だからね。夕映ちゃんももう、陽香のことばかりに縛られて生きていかなくていいの。陽香のことをいつまでも忘れずに、仇をとろうとして警察官にまでなってくれたというだけで、私たちはもう十分救われたから。だから、これからは……夕映ちゃん自身の幸せを考えてくれて、いいのよ。素敵なひとを見つけて、恋愛して結婚して子供を産んで……陽香の分まで、あの子ができなかったことを存分に楽しんで幸せになってくれれば、私たちはそれで十分だから」

「おばさ…! お、じさ…っ」

 もう、言葉にならなかった。陽香の母親の胸に顔をうずめて……陽香の父親に頭を、母親に背中をなでられながら。夕映はあれ以来────陽香を喪ったあの頃以来、初めて存分に声を上げて泣いた。まるで小さな子どものように、あの頃と何も変わることなく……泣き続けた──────。




        *      *    *




 次の日の朝。夕映は、いつもとは比較にならないほどの晴れやかな気分で、自分のベッドの上で目覚めた。泣き過ぎたせいか、瞼が腫れぼったくて仕方ないけれど、それでも気分は、いままでのどんな時よりも軽やかで……カーテンの外の朝日に負けないくらい、明るい光に満ち満ちていて。これまでとは違う何かを、夕映に予感させた。

 いつもと同じように鏡を見るが、いつもであれば額の傷跡に意識がいくところなのに、今日は違っていた。

「……やだ。こんな顔じゃ、仕事に行けないじゃない!」

 時計を見ると、いつもよりまだ余裕のある時間だったこともあり、タオルを数枚取り出してキッチンへと駆け込み、一枚は凍らせた保冷剤を包み、あとのものは一枚ずつ蒸しタオルにして、交互に瞼の上に乗せる。そうやって血行をよくするといいと、聞いたことがあったのだ。

 努力の甲斐あって、まだ少し腫れぼったい気はするものの何とかいつもとそれほど変わらない感じに戻ってくれたので、夕映はほうと息をつく。そうして、いつもより少なくなってしまった支度の時間で一気に身支度を整え、いつもより軽めに朝食を摂って家を出る。

いくら、時間がギリギリだからと言って、警察官みずからが制限速度を守らないのではしめしがつかない。それでも何とかギリギリ一歩手前に職場に着いて、急いで着替えを済ませて帽子その他の装備を身につける。何しろどこよりも秩序を重んじる組織なのだ、だらしのない格好は許されない。

「夕映、珍しいじゃん、ギリギリなんて」

 先に支度を終えていたらしい貴絵が、声をかけてくる。が、すぐに夕映の小さな異変に気付いたようで、声をひそめて問いかけてきた。

「何か…あったの……?」

「─────スクーターを買ったこと、陽香ちゃんのご両親に話したの。なりゆきも、全部包み隠さず」

 貴絵になら、それですべて通じるはずだった。案の定、とたんに心配そうな表情になって、夕映の手を握ってくる。

「……大丈夫、だったの…?」

 貴絵を安心させるために、夕映は心からの、嘘偽りのない微笑みを見せる。

「うん。私が二輪に乗ろうがどうしようが、陽香ちゃんと同じように可愛い娘だって……これからは、陽香ちゃんの分まで恋愛や結婚もして幸せになれって…言ってくれたの」

「そ、か…よかったじゃん。実はトオルと一緒に、そっちのことを心配してたんだよね。もしかしなくても、よけいなことだったかもって」

「ううん…そんなことない。ある意味、いいきっかけだったのよ。おじさんとおばさんのいまの気持ちを知ることもできたし」

「それにしても…夕映は、実のご両親の他に、もう一組素敵なご両親がいるんだね。いいなあ。結婚式の花束贈呈は、大変だこりゃ」

「貴絵ったら……相手もまだ全然いないのに、気が早過ぎよ」

 言いながら、廊下を歩き所定の場所から専用の装備を持ってきて、いつものように貴絵と二人でミニパトに乗り込む。今日は駐車禁止車両の取り締まりの当番なのだ。

「あー、そっか。まずは相手を見つけて恋愛しなきゃなのよね、夕映の場合は」

「そうそう。貴絵とトオルくんとは違うのよ」

 高校の頃から付き合っているふたりをからかうように言ってやると、そんな冷やかしには慣れている貴絵は、運転席から即座に反撃を繰り出してきた。

「ならさー。せっかく最近知り合えたことだし、暁さんなんてどうよ? ちょっと短気だけど、いい人じゃん」

 夕映の脳裏に、現物以上に恐ろしい顔つきになって極悪非道な表情を浮かべる男性の顔がよぎった。本人が見たら、「あんまりじゃねえか!?」と叫びだしそうなほどの悪辣さだ。

「じょ、冗談やめてよっ 私は、もっと優しい人が好みなのっ!!

 貴絵の笑い声が、春の空に響き渡った…………。


    





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2013.1.3up

大切なのは、過去か未来か……。
今回は、夕映の葛藤にスポットを当ててみました。
すべてとは言いませんが、時間はある程度の傷は癒してくれます。
夕映もこれからは、未来を見据えて歩いていけそうです。

背景素材「空に咲く花」さま