〔23〕
暁はどこまでも優しいと、夕映は思う。 全身を撫でてくれる手も。愛おしそうに傷跡に口づけてくれる唇も。何もかもが、優しい。 昔から、傷跡について何度も他人に言われたりした。陰で同情するように話すのはまだいいほうで、聞こえよがしにひどいことを言われたこともある────主に女子であるが、「あんな傷跡があったら自分だったら生きていけない」などというような言葉だ────貴絵がいる時は貴絵が、反論の言葉や時には実力行使に出てくれたりしたが、夕映はずっと黙秘を貫いていた。この傷跡は、陽香を喪った証しであると同時に、確かに陽香が存在した証しといってもよかったから。だから、何を言われようが構わなかった。時には、「将来彼氏ができたらどうするの?」などと訊いてくる相手もいたが、陽香のような人をこれ以上出さないことが事故以来の夕映の人生における第一目標であったため、気にすることもなく、いままで生きてきた。……暁と出逢うまでは。 「夕映のすべてが欲しい」と言われたあの時から、未知の領域に足を踏み入れることが怖かったのも、ほんとう。けれどそれとは別に、この傷跡のことを知られて同情されたり自分を選んだことを後悔されたりすることが、何よりも怖かった。貴絵は、「暁さんはそんな男じゃない」と言ってくれたが……夕映自身、暁を信じたい気持ちも本心だったが、最悪のことばかり考えてしまうのもまた本心で…………。 だから、「生きていてくれることが何よりも嬉しい」と言ってくれた時には、涙が止まらなかった。陽香との想い出ごと自分を受け容れてくれる覚悟があると言ってくれたようで……そのままの自分でよいのだと、初めて言われた気がして─────。ほとんど無意識にその胸に飛び込んで、胸の内を素直に伝えていた。いままでの恥ずかしさはいったい何だったのかと思うぐらい、言葉が自然に唇から飛び出していて。それに応える言葉と共に、強く抱き締められていた。「愛しい」という感情の意味を、初めて知った気がした。たとえこの先、何があったとしても。彼を想う気持ちはきっと変わらないだろうと、素直に思えた。 そして。暁の心も、手も、唇も─────どこまでも優しいけれど、同時に熱くもあって。その熱がいま夕映にも伝わってきて、夕映の心と身体にもその熱が移ってくるような気さえする。 「は…あっ」 ほとんど無意識に声が出て、何も考えられなくなる。羞恥ももちろんあったが、ここまで慈しむように他人に胸を触られるなんて、初めての経験だったから。時折暁の指先が胸の先端を掠めるたびに、いままで感じたことのないような感覚が全身を駆け巡ることも、その一因で。その都度夕映が思わず身を震わせるのを見て、暁が楽しそうに笑うのもまた羞恥心を煽る。 「ここ…気持ちいい?」 「え…」 この感覚が「気持ちいい」というものなのかわからなくて、反射的に首を傾げた瞬間、投げかけられる信じられない言葉。 「もっと、気持ちよくしてやるよ」 「!」 その意味を夕映が考えるより早く、みずからの胸先の片方が、暁の唇の中に消えて…続けてざらりとした感触────指とも唇とも違う、初めて感じる湿り気を帯びた温かな何かに優しく撫でられた瞬間、身体がびくりと震えて、触れるか触れないかの微妙な力加減で背中や脇腹を撫でる指の感触と共に、くすぐったいような、けれど決してそれだけではないぞくぞくするような感覚が全身に走り、夕映の思考力を徐々に奪っていく。 …なに? 何なの、この感覚? くすぐったいようにも感じるのにそうじゃなくて、身体が勝手に震えて……頭が…ぼーっとしてきちゃう…っ 気付かないうちに暁の唇はもう片方の胸に移っていて、先の片側は指や手のひらで愛撫を施されていて、その温もりと心地よさを感じると同時に、みずからの身体の奥から熱が生まれてくるのを自覚する。暁の身体から移ってくるのではない、自身の身体の奥から浸透してくるそれに、困惑しながらも堪えきれない声が唇から洩れてしまう。 「あ、ふ…ああっ」 自分の唇から発せられる声がほんとうに自分の声なのか信じられなくて────だっていままで、こんな甘えるような声が自分の中から出るなんて、考えたこともなかった────ほとんど反射的に片手の甲で唇を覆っていた。 「何で…口おさえるんだ?」 楽しそうな表情で、暁が訊いてくることさえ恥ずかしい。 「だって…変な声、が出ちゃうから……」 恥ずかしさを堪えてそれだけ答えると、暁はくすりと笑って、強引にその手を外されてシーツの上に縫いとめられる。 「いいよ、我慢しなくて……俺はむしろ、夕映の声が聞きたい…………俺のすることで、夕映が感じてくれてるって証しだから」 「恥ず、かしいこと言わないで…ああんっ!」 気付かないうちにパジャマの下まで脱がされていて、晒された素足に暁の手が直接触れてくる。やはり、触れるか触れないか程度のソフトな触れ方で、その微妙な感触が熱の温度を更に上げていく気がして、ますます何も考えられなくなってしまう。それも、暁の手が下着の上から下腹部に触れるまでの間だったけれど。 「っ!」 「大丈夫だから…力を抜いて」 恐る恐る力を抜いた両膝を掴んで、暁がそっと脚を左右に割り開く。夕映はもう、暁の顔すら見られずに両手で己の顔を覆ってしまう。 「夕映、可愛い…」 「だ、から、恥ずかしいことを言わないでって……」 言いかけたところで、額にキスを落とされて、それと同時に下着の上からその中心を指でなぞられて、夕映の身体がこれまでの比ではないほどに大きく震える。 「あ、や…っ」 脚を閉じたくても、暁の身体が気付かぬうちに間に入り込んでいて、それもできない。思わず涙が浮かんだ目尻にそっとキスが落とされ、それから額、頬、唇へと続く。 「…大丈夫。優しく、するから……」 その温もりが、優しさが嬉しくて、震えがじきに止まって……撫でさするような優しい手に、自然に全身から力が抜けていく。それを待っていたかのように、暁の手がゆっくり動き始め、下着越しに指が上下するのと同時に胸への愛撫も再開される。 「あ…っ あ、は…っ やあ……あ、き…!」 「夕映、心臓の音すごい……」 「だ、だって…っ」 ほとんど半泣きで答えかけたところで、唯一残ったショーツに手をかけられて、ゆっくりと脱がされていく。 「あ…っ」 「…俺だけに見せて。夕映の、他の誰にも見せたことのないすべてを─────」 そう言われてしまうと、もう抵抗する気すら起きない。 「まあ、見るだけじゃ絶対終わらせられないけど」 確かに、見るだけでなく触ったりもしなければ何も始まらないとは思うけれど。想像するのと実際に触れられるのとでは、天と地ほどの違いがあるということを、次の瞬間、夕映は心の底から思い知ることとなる。 いままで誰にも触れられたことのない場所に、初めて他者の指を受け容れることには抵抗もあるし、恐怖もある。それと同時に、自分の身体の奥底からいままで感じたことのない感覚が生まれ始めて、自分がどうなってしまうのかわからないことへの恐怖も大きい。 けれど、痛みとも違う初めての感触に、戸惑いながらも身体は反応しているようで、耳朶や首筋、鎖骨から胸にかけて舌を這わされた上に、指先で足の奥のひだを割って更に奥を撫でられると、勝手に息が上がってきて、浅い呼吸を繰り返す。時折その上のほうにある蕾を掠められると、意図せず身体が大きく震え、一際大きい声が出てしまう。 ほんとうにみんな、こんなことしてるの? こんなに恥ずかしいのに? 頭ではわかっていても、感情がついていかない。身体中を駆け巡る訳のわからない感覚────痛みも嫌悪感も感じなくて、むしろもっとしてほしいとまで思ってしまうこれは、もはや快感と呼んでいいのかも知れない────に支配されて、既に声を抑えることも忘れていた。そんな自分を満足げに見つめている暁にも、恥ずかしくて仕方ないのに。いつの間にか、着ていたスウェットの上下を脱ぎ捨てて下着一枚になっていた暁の身体を見ることさえ、恥ずかしい。こんなに至近距離で男性の半裸など、ほとんど見たことがなかったから。 「夕映…いい?」 一瞬何のことかわからなかったけれど、まるでノックをするように指先で更に奥へと続く箇所を撫でられて、思わず顔を赤らめながらも────既に顔全体が真っ赤だったたろうけど────こくりと頷くと、暁の指がそっとゆっくりと入ってくる。 「…っ」 「ごめん、痛いか?」 無言で首を横に振ると、ホッとしたように暁が息をついて、遠慮しているかのように静かに動き始めた。初めて感じる異物感と圧迫感。けれど、やはり嫌悪感はない。それどころか、初めて感じる感覚だというのに、声が勝手に口をついて出て、暁の首に抱きついてしまう。 「あ、んっ ふあ…っ あっ」 「気持ち…いいか? すごく…濡れてきた」 「や…っ そん、なこと、言わないで…!」 「何で? 感じてくれてるの、俺はすごく嬉しいけど。ほら、この音聞こえるだろ?」 いつもの調子を取り戻した暁は、やっぱり意地悪だと思う。みずからのナカに埋め込まれた暁の指が動くと同時に聞こえてくるのは、まぎれもない水音。経験こそないが、それが何を意味するのかぐらいは、夕映も知っている。 「もう、何もかもどうでもよくなっちゃえよ。恥ずかしいとか思う間もないくらいに」 暁の言葉と同時に、それまで探るようだった指が明らかに目的を見つけたかのように特定の箇所をなぞり始め、夕映の中から急激に快感を引き出していく。それと同時に、親指で敏感になっている蕾を刺激されて、もう呼吸もままならないほどだ。 「や、あっ そこ…ダメっ」 「『ダメ』じゃなくて『いい』だろ?」 心なしか暁の声にも余裕がなくなっているように聞こえるが、いまの夕映にはそこまで気付ける余裕もない。 「んあっ や、うん…っ も…!」 「いいよ、イっちゃえよ」 暁の言っている意味を理解するより早く、夕映の限界は目の前に迫っていて、いままで感じたことのないほどの強烈な波が全身を襲って、頭の中が一瞬にして真っ白になる。 「────っ!!」 もはや、自分の唇がどんな声を紡いだのかすら覚えていない。靄がかかったようにぼんやりとする頭はもう何も考えられなくなっていて、身体は荒い呼吸を繰り返すだけだ。 「え…あ…わたし……?」 「気持ち、よかっただろ?」 目前に迫って笑う暁の表情は、とても楽しそうな、まるでいたずらっ子のようなそれで……ちゅっと音を立てて、唇にキスが落とされる。 「これから、もっともっと、気持ちいいこと教えてやるから、楽しみにしてな」 「え……」 まだぼんやりとしている頭で考えようとするけれど、よくわからない。そんな夕映の前で、それまでは余裕をたたえていた暁の表情が、ふいに歪んで……せつなそうなため息と共に、うって変わったような苦しそうな表情になった。 「んでも…今日はもう、俺のほうが限界。ごめん……ホントはもっと気持ちよくしてやりたかったけど…夕映の感じてる可愛いところ見てたら、俺もう我慢できねえ……」 暁の言っている言葉は、夕映には意味がわからなかったけれど。わずかな間を置いて、自身の準備を終えた暁が再び夕映の両脚を割り入ってきた時に、ようやくその意図に気付いた。 「痛かったら…ていうか痛いに決まってるよな。我慢できなかったら、俺のこと叩いても引っ掻いてもいいから。それでもきっと、俺止まれないけど」 もう一度、夕映に優しいキスを捧げてから、暁は行動を開始した。 「や、ああっ!!」 悲鳴のような声が、唇から迸った。下腹部を中心にして、そこからいままで感じたことのない激痛が、全身を駆け巡る。 いままで、武道の鍛錬などでの外的な痛みや、頭痛や腹痛などの内側からの痛みは感じたことはあるけれど、こんな、一部の箇所から身体がこのまま引き裂かれるのではないかと思えるような痛みは感じたことがなかった。打撃などの痛みなら、いくらでも我慢できる自信はあった。けれど、こんな痛みはまるで想像もしたことがない。経験者から話を聞いてはいたが、まさかここまでとは思ってもみなかったのだ。 瞳から涙が溢れ出て……それを指で拭った暁が、余裕のない声でささやく。 「…っ ご、めんな…やっぱ、痛いよな……」 布団の上に放り出したままだった夕映の両腕を、暁は自分の背に回させる。 「でもごめん…俺もう、止まれねえ……」 じりじりと、暁自身が奥に進んでくる感覚。そのたびに、引きつれたような痛みと圧迫感が全身を襲うが、暁の動きは止まらない。耐えきれなくて、暁の背に爪を立ててしまった気もするが、よく覚えていない。 「痛…っ あっ やあっ!」 「…くっ!」 暁の、切羽詰まったような声が耳に届くが、それがどうしてかなど夕映にわかるはずもない。 「ゆ、え…力、抜いて」 「できな…っ」 痛さのあまり、歯を食いしばったままで全身に力が入ったままなのに、どうやって力を抜けというのか。混乱する頭を抱える夕映の胸と、下腹部の蕾に暁の手が伸びて、優しく、けれど確実に快感を与えてくれる。 「あ、あ…っ」 「ゆっくり、深呼吸して」 言われた通りにすると、何となくだけれど少し楽になった気がする。それに気付いたのか、暁がゆっくりと腰を引いた。それまで夕映のナカを余すところなく圧迫していた暁自身が、少しずつ後退して……一瞬、これで終わりかとホッとしかけた夕映は、暁の次の言葉に耳を疑った。 「ごめんな、動くから少しだけ我慢してくれな」 どういうことかと問いかけようとした夕映の言葉は、そのまま唇から発せられることはなかった。夕映の返事を待たず、暁がゆっくりと、けれど確実に速度を速めつつ律動を開始したからだ。 「や、痛…っ んんっ ああっ」 涙がにじんだ瞳をうっすらと開けると、切羽詰まったような、どこか苦しそうな表情を浮かべた暁が目に入った。 「あ、き…ら、さ…」 「ゆ、ゆえ…っ」 名前を呼ばれた瞬間、自分のナカで何かが脈打つのを夕映は感じていた…………。 「ごめんな、痛かっただろ」 ほんとうに申し訳なさそうな表情と口調で言う暁に、夕映はゆっくりとかぶりを振った。 「いいの…私が自分で選んだことだから。それよりも……」 言いながら、ふたりとも全裸のままで暁の胸に縋りつく。 「暁さんが…この傷跡のことを受け容れてくれたことのほうが、嬉しいの─────」 誰に何と言われようと、この傷跡は既に夕映の一部となっていて、心身ともにもう切り離せないものだから。万が一、拒絶でもされていたら、夕映はきっともう二度と恋などできないだろうとさえ思っていたから。 すると暁は、夕映を勢いよく抱き締めてきたので、驚いてしまう。 「馬鹿野郎……その傷跡もすべてひっくるめての、夕映なんだろうが。それもわからねえような男に、誰が渡すかよ」 暁の言葉が嬉しくて、涙がこぼれそうになる。 ほんとうに…このひとと出逢えてよかったと思う。第一印象はお互いほんとうに最悪だったけれど。あんな出逢いから、こんなに愛しい相手になるなんて……いったい誰が予想していただろう。 「…疲れただろ。今日はもう、このまま眠っちまえよ。俺はずっと、そばにいるから…………」 暁の優しい声を聞きながら、そっと目を閉じて。夕映は、深い眠りの淵へと落ちていった………………。 |
2013.2.8up
ついに、身も心も結ばれたふたり。
すべてのわだかまりも悲しみも越えて、
障害はもう何もありません。
これからは普通の恋人同士として…
行けるんでしょうかね?(笑)
背景素材「空に咲く花」さま