〔4〕
「…何考えてるの?」 そこに、後ろから抱きついてきたのは志郎だった。 「んー…恋って難しいな、と思って」 想う人には想われず、想わぬ人には想われて……まあ、綾乃の周囲にはそれが当てはまるのは一人しかいないが。言わずと知れた、嘉月のことだ。 「俺は最初から綾乃さんだけが好きだけど…まさか、他に好きな野郎がいるとか!? そういえば佐々木先生とか、綾乃さんを見る目が何か違った気が……」 「あの細目のどこに違いが見い出せるっていうの。そっちじゃなくて……」 綾乃も大概ひどいことを言っている気がするが、ここではあえてスルーしておく。 「ああ、島谷先生? 確かにあんな美人でナイスバディに言い寄られたら、男だったらちょっとグラッときちゃいそうだけど、あそこまであからさまに他の人への態度と違うとちょっとね…」 やはり、同じ男性の目から見てもそう思うのか。しかも、彼には恐らくだが、他に好きな相手がいるというのに…。 「立場的に難しい相手だとは思うけど、もう少し時間が経てばそれも解決するっていうのに、相手の気持ちを慮ってしまうような性格だと苦労が多いわよね…」 「それ、誰の話?」 「ううん、何でもないの」 いくら親しい相手でも、職務上の守秘義務というものがあるのだ、おいそれと話すことはできない。 それにしても、と思う。美月は言うに及ばず、嘉月も彼女を好いていると思うのだけど…しかも彼女たちは、それぞれの祖母、祖父が決めたれっきとした許嫁同士だ────本人と家族以外にはほとんど知る者はいないけれど。更にいうと、その祖父母同士もかつて互いに想い合っていたが、現在より厳しかった両家の事情がそれを引き裂いたということも…知る人ぞ知る事実である────確かに教師と生徒という立場はマズいけれど、それだって時間さえ経てば解決する話だ。何せ彼女は既に卒業を約三ヶ月後に控えた身だ、そうなれば何を憚ることがあろうか。けれど、自分の想いよりも相手の気持ちを尊重して考えてしまう彼らのことだ、遥子のように自分の気持ちばかりを優先してはいられないのだろう。現に、いまの彼らは互いに相手を想っていながら、既に相手に好きなひとがいるのでは、という考えにとらわれてしまって、身動きがとれない状態になってしまっている。どうにか解決してあげたいのだが……彼ら自身が綾乃に相談でもしてこない限り、一保健医としてはこれ以上は踏み込めない状態だ。 「…風間先生?」 「『志郎』」 速攻で訂正されて、綾乃は言い直しながら再び言を継ぐ。 「志郎くん。もしも…もしもの話だけど、島谷先生と二人でゆっくり話す機会でもあって、その上で恋愛絡みの話になったら、さりげなくでいいから言ってあげてくれないかしら。『想いは相手に伝えないと、たとえ失恋するとしても想いが通じるとしても何も始まらない』って」 志郎に「さりげなく」なんて器用な真似は無理だということは、綾乃自身がよく知っている。けれど、嘉月に対してはかえってそのほうがいいと思ったのだ。あの、控えめ過ぎるほどの相手には、こんな暑苦しいくらいにのろけるストレートな相手のほうが…。 「あっ でも、私の名前や私との関係は口にしちゃダメよ!?」 いくら職場恋愛が禁止されていない職場で、更に私立で多少の融通が利く職場であっても、けじめはきちんとつけなければならない。遥子を見ていると、より一層強くそう思えて仕方ないのだ。更にいうなら、綾乃がふたりの関係を知っていることを嘉月本人に知られるのもあまりよろしくないのだ、あの、純粋な少女のためにも。 「それは構わないけど…えー、島谷先生、誰か秘めた想い人でもいるんスかー? 穂村先生…じゃないよなあ、あんだけつれなくあしらってるんだから。そうすっと、誰だろ?」 「誰でもいいのっ とにかく、自分の想いに素直になるよう言ってあげて。でないと、彼当人も彼女も可哀想だから」 綾乃の言葉から、さすがの志郎も何かを感じ取ったらしく、ただ「わかった」とだけ呟いた。多少繊細さに欠けるところがあるとはいっても、最低限のデリカシーは持ち合わせている相手だから嫌いになれないのだ、この志郎という男性は。 「ところで。穂村先生といえば、何で綾乃さんのことあんなに目の敵にしてるんスか? 単に同期赴任だからってだけじゃないっしょ? 穂村先生の恋路を邪魔…ってんじゃないけど、結果的にそうなってるみたいだからってんじゃないよなあ、もっと前からそうだったっぽいし」 綾乃の腹部に後ろから手を回してきて、自分の脚の間に引き寄せて拘束するかのように抱き締めてくる志郎に、綾乃は困惑を隠せない。ああ、思い出したくもないことを訊いてくるものだ。 「ねえ、どうしてっスか? 綾乃さんはよっぽどのことがなければ、他人を傷つけるようなことなんてしないのに」 そんな風に思ってくれるのは嬉しいけど……。 「ねえ?」 「…っ!」 首筋に吐息を浴びせながら問うてくるな! 「……私たちが赴任してからの文化祭とかで行われた人気投票で、私と穂村先生が同票一位になったのを最初に、ことあるごとに行われたそういう企画でやたら一位、二位を争う結果になったからよ…彼女にしてみれば、自分が一位で当然だったんだろうから、プライドをいたく傷つけられたんでしょうね」 そもそも、綾乃たちが赴任するまでは一番若い女性教諭でも三十代半ばで、更に既婚者ともなれば当然の結果な気はするが。 「えー、そんなことでー? でもそうだったっけ? 俺、ずっと綾乃さんしか目に入ってなかったから、他の女性が何位だったかなんて気にしてなかったや」 「え」 「綾乃さんは覚えてないかなあ。俺が初授業前に緊張しまくってた時、俺の肩をぽんって叩いて、『初授業は誰しも通るものなんだから、肩の力を抜かないとうまくできるものもできなくなってしまうぞ』って言ってくれたの」 「そういえば……」 そんなことも、あった気がする。その頃の志郎ときたら、いままで見てきた他の誰よりもガチガチに緊張しまくっていたから。 「『もし怪我をしても、いつでも自分が駆けつけるから安心して行ってこい』とまで言ってくれて、あれで俺、スーッと肩の力抜けたんスよね。『ああ、こんな近くに見守ってくれてるひとがいる』って。それ以来、俺には綾乃さんしか見えてないっス。正直な話、あんな色っぽい女性がそばにいても、こっちが反応しないんスよ」 たはは…と笑いながら志郎が指差すのは、彼の脚の間の…先刻から、綾乃の腰に当たって自己主張を続けている箇所で……。 「…っ」 「それよりも、普段あまり露出してない綾乃さんがたまにチラリと見せる部分のほうが、俺には刺激が強くて……恥ずかしい話ですけど、俺綾乃さんの普段見えない部分を想像して何度自分で自分を慰めたか…数えきれないくらいっスよ」 言いながら、綾乃の身体ごと反転させて、抱き締めてくる志郎の腕…。「自分を慰める」とは、養護教諭の綾乃にとってはある意味専門分野の、つまりは「そういうコト」で。かあっと綾乃の顔が熱くなる。知識や職務としてはよくわかっている出来事で、健康な人間ならば自然なことと重々わかっているけれど、まさかこんな身近に自分をそういう対象として見ている男性がいたとは思ってもみなかったのだ。 「…軽蔑する?」 「そんなこと…ないわ。職業柄、それから年齢的にもそれが自然なことってぐらいわかってるし。ただ…」 「『ただ』?」 「恥ずかしい、だけ────私なんて、そんなずば抜けて美人な訳でも、スタイルがいい訳でもないのに……」 「いや、普段隠してる部分が多いストイックな女性ほど、脱いだ時を想像すると興奮するっていうか。恥じらいながらも俺のすることに反応してくれるのが、よりそそられるっていうか」 電光石火の早業で、綾乃をベッドに横たわらせた志郎の手が綾乃の着ていたセーターをまくり上げて、タイトスカートの中にもう片手が潜り込んでいる。唇は既に下着の上から胸に触れていて……たったいま口にした言葉を綾乃に理解させるには十分だった。 「…すけべ」 「はは、自覚はあります。現に俺が持ってたり借りたことあるAVなんて、綾乃さんに似た女優や保健医とどうこうってヤツばっかで……綾乃さんとこんなことできたら、あんなことしてもらえたらって女優を綾乃さんに置き換えて観てたりして…」 「そ、そういうことはいちいち言わなくていいからっ」 もう、恥ずかしくて冷静ではいられない。 「本物の綾乃さんとこういうことできるようになって、俺がどんなに嬉しかったか…綾乃さんには想像できないっしょ」 言いながら、ブラジャーの肩紐をずらして、ぺろりと乳房を舐めてくる舌。精神的にいっぱいいっぱいになっているところでそういうことをされると、より感覚が鋭敏になってしまう。 「あ、や…っ」 「すげ…綾乃さん、もう乳首立ってる」 「さ、寒いからよっ」 「そか、今日寒いもんな…でもごめん、もう止まらない……」 一枚ずつ丁寧にはぎとられていく衣服。ストッキングでさえも伝線しないように気をつけながらも、確実に素肌の露出部分は増えていく。その間にも、絶え間なく与えられる愛撫が、じわじわと綾乃の頭から思考力を奪っていく。生徒たちを正しく指導するのが役目の自分たちが、他の誰も知らないところでこんな淫らなことをしていると思うたび感じる背徳感さえも、快感を引き出す術でしかなくなっていく。 「志郎、くん……」 志郎の首に回した両腕で、ぎゅ…っと志郎を抱き締めるのと同時に、脚の付け根に伸ばされた指が敏感な花芽をつつき、既にぬかるんでいる箇所の内壁を擦っていく。もう片手は胸の突起を弄っては、指で挟んだり強めにつまんだりして、ナカから溢れる蜜を更に増やして…。 「あっ ん…っ そ、そこ…い、の…っ」 「ここがいいの? なら、もっとしてあげる」 「ふ、あっ」 何度も身体を重ねているうちに、最初の頃は余裕のない感じだった志郎のペースが、だんだんと綾乃に快楽を感じさせることに重点を置きだしてきた気がする。以前より考える余裕もなくなってきたおかげで、さだかではないけれども。もしかして、自分の欲求を満たすことばかりに終始する段階から落ち着いてきたのだろうか。 そこまで考えたところで指とは違う感触のものに花芽を触れられて、またしても思考はストップしてしまうのだけど。 「あ、ああっ」 内壁を擦る指はそのままに、温かく湿ったやわらかいものに花芽を刺激されると、それまでどこかふわふわしていた意識が次第にひとつの方向へ向けて集中していく。別の指が乳房や乳首をも弄んでいるから尚更だ。 「あ、や、それ…ダメっ おか、しくなっちゃうっ」 「いいよ、おかしくなって。もっと綺麗な綾乃さん、俺に見せて」 「は、あっ も、ダメ…イッちゃ…あああっ!」 びくんっと身体を大きく震わせて、あっという間に綾乃は絶頂に達してしまった……。 はあっはあっと荒くなった呼吸を整えている間に、間近に迫る志郎の顔。羞恥が、全身を駆けめぐる。 「や、だ…見ないでっ」 「すっげー綺麗だった、イク瞬間の綾乃さん。普段と全然違う。俺多分、仕事中に思い出しても勃っちまう」 恥ずかしくて、もう死にそうだ。 「も、う…やあ……」 目尻に浮かんだ涙をぺろりと舐めて、志郎が綾乃の脚の間に自身の身を滑り込ませてきた。 「お返しに…今度は俺の恥ずかしいとこ見せるから、機嫌直して?」 そう言って綾乃の手を取った志郎が導いたのは、既に準備万端の志郎自身。その雄々しく逞しい様子に、綾乃の顔が再び熱くなる。これがこれから自分のナカに入るのかと思うと、恥ずかしくもあり怖い気もして…。 「や、何かいつもよりおっきい…お願いだから……優しくして…ね…?」 次の瞬間、志郎の顔が、ぼんっと音がしそうなほどに一気に真っ赤になった。ぎゅ…っと綾乃を抱き締めて、ぼそりと呟く。 「そんな顔でそんなこと言うなんて…反則。もう、可愛過ぎて俺どうにかなっちまいそう……頼むから、他の男の前でそんなこと言ったりしたりしないでくださいよ」 「え…」 そんなことを言われても、自覚のない綾乃には何が何だかわからない。 「ご要望通り、優しくするから…綾乃さんのナカに入れさせて?」 こくりと頷いたとたん、ゆっくりと進み始める志郎の腰。何度も受け容れているものだけれど、やはり何となく怖い。そんな綾乃の気持ちがわかっているらしく、志郎のそれはほんとうにゆっくりと、静かに入ってきて…それ以上動こうとはしない志郎に、綾乃は思わず志郎の顔を見上げてしまった。その顔に浮かぶのは、どことなく辛そうな、懸命に何かを堪えているかのような表情で……。 あ…もしかして、私が「優しくして」って言ったから…? そっとその頬に手を添えて微笑む。 「いいから…もういいから。好きに、動いて」 「え…でも……」 「私なら大丈夫だから…」 その言葉が、合図になったかのように志郎が一度腰を引いて。それからゆっくりと、けれど少しずつ確実に速度を上げて、律動を開始した。 「あっ ああっ!」 綾乃の唇から堪えきれない声が上がる。 「しろ、く…ん、し……」 「綾乃さん…っ あや、のさ…っ」 こぼれ落ちる言葉と吐息が綾乃から更に快感を引き出し、堪えきれなくて手近にあった毛布を力の限り握り締める。それでも全身を駆けめぐる快感を逃すすべはなく、綾乃の心も身体もどこまでも熱くなっていき、志郎の熱と共にひとつに溶けていってしまいそうな錯覚を与える。 「あっ あっ ああっ も、ダメ…っ」 限界に達した綾乃の身体がびくびくと震えるのと、志郎が自身の情熱を薄いゴム越しに放ったのは、ほぼ同時のことであった……。 あー、今日はとくに怪我しなかったから綾乃さんに逢えなかったなあ。白衣の綾乃さんも禁欲的な感じがしてなかなかそそるのに。でも昨日、存分に堪能させてもらったしなあ、そうだ、いつか裸の上に白衣着てもらおうかなあ。 などと職場で考えるには少々不埒なことで頭をいっぱいにしながら、志郎がジャージの下に着ていたTシャツを脱いだところで、がちゃりと開くロッカー室の扉。 「おや、着替え中でしたか、これは失礼」 顧問をしている数学研究会が終わったらしい大輔が中に入ってきて、素早く扉を閉める。 「これは佐々木先生、そちらも部活終わりですか、お疲れさまです」 嘉月の言葉に合わせて、軽く会釈をする。 「いや、それなら身体をフルに使う運動部のほうが大変でしょう」 「いやあ、俺にとっちゃあんな数字を頭でこねくり回すほうがよっぽど大変ですよ。やっぱ身体を動かすほうが楽でいいや」 「…そのようですね」 大輔の視線が自分の背中で留まっているのに気付き、志郎は首をかしげてしまった。 「風間先生も隅におけませんね。けれどお相手の女性には事前に爪を切っておいてもらったほうがいいですよ?」 「!」 その言葉に、ハッとする。覚えはないが────何しろその時は志郎も夢中で、快楽を貪ることだけに集中していたから────恐らくは綾乃のつけた爪跡でも傷になって残っているのだろう。そういえば昨夜、シャワーを浴びた時に少ししみたような気もする。「気がする」程度だったから、それっきり忘れていたが。 「いやあ、はっはっはっ」 もう笑ってごまかすしかないところで、その背に視線を走らせた嘉月がどういう態度をとったらいいのか戸惑っているような表情でいるのが目に入った。そういえば、と綾乃が言っていたことを思い出す。 「そういう佐々木先生こそ、でしょう? つい最近、学校を出て少し行ったところでお綺麗な女性とおちあってたっぽいところ、見ましたよ」 「いや、彼女はただの友人ですよ」 さすがに大輔は経験豊富らしく、そつがない。 「島谷先生は?」 「えっ?」 まさかそんな話題を振られるとは思っていなかったのだろう嘉月は、何が何だかわかっていないような表情でこちらを見返している。 「島谷先生には、そういう女性はいらっしゃらないんスか?」 目に見えて狼狽する嘉月に、志郎は綾乃の勘が当たっていたらしいことを確信した。 「いやいや、私なぞまだまだ若輩の身で、そんなことに気を回す余裕などとてもとても…」 「…つい最近、俺の…そのコレ、が言ってましたけど、『フラレるにしても受け容れてもらえるにしても、想いを伝えなければ何も始まらない』って。俺もそう思うし、実際必死こいて棚から落ちてきたボタモチをひっつかんだようなものなんで、ホントそう思いますよ」 他の誰にも話したことのなかった綾乃の存在を何と説明していいかわからなくて────何しろ綾乃は同僚なのだ、ちょっとしたことから感付かれても困る。いや、志郎自身は構わないのだが、綾乃の機嫌を損ねるようなことになっては困るので、もはや死語と化している小指を立ててそう表現する説明をしてみたが、これがまた異様に恥ずかしかったことに気付いて赤面してしまう。 「そう…かも知れませんね…………」 どこか淋しげな笑みを浮かべる嘉月に気をとられていて、自分の背後で複雑そうな表情をしながら荷物を取り出している大輔に、その時の志郎は気付かなかった──────。 |
2014.2.17up
何だかんだでうまくやっているようなふたり。
けれど綾乃には多少ひっかかっているふたりの存在があるようで…。
そして大輔の真意とは?
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