〔15〕





 ……信じられない。いくらお互い初めてでもないからって、あんなに何度も…だなんて。

 昨夜脱がされたバスローブをとりあえず羽織り、オムレツを焼きながら凛子は思う。このオムレツは雑誌で見たレシピに自己流のアレンジを加えたもので、週末によく家に泊まっていく親友の由風には大好評だったものだ。そういえば、この春になってから由風が泊まりに来なくなったという事実に、凛子は今更ながらに気付いた。

「何考え込んでるの? 玉子、焦げるよ」

 背後から明人に突然声をかけられて、凛子は口から心臓が飛び出しそうなほどに驚いてしまった。

「あ……このオムレツ、由風がすごく気に入ってくれてたものなんだけど、そういえば最近うちに泊まりに来てないなー、なんて思って」

 言いながら、用意していた皿にオムレツを移す。そんな凛子に明人は、淹れたてのコーヒーをカップに注ぎながら、こともなげに答える。

「ああ。だって由風さんは、最近週末は西尾くんのとこに入り浸りだろ。西尾くんも料理上手いしね、あっちに餌付けされちゃったんじゃないか?」

 『餌付け』って…由風は野良猫か野生動物か。まあ確かに、手懐けないとかなり厄介な相手というあたりは否定しないが……。

「って、あのふたりってもうそういう関係なの!?

 そっちのほうが驚きだ。そう言うと、明人はわざとらしく頭を横に振って見せて。

「気付いてなかったの、もしかすると凛子くらいだったかもね。愛理ちゃんや紗雪ちゃんはともかく、麻美香ちゃんも課長もとっくに気付いてたっぽいし、他の連中も……少なくとも俺たちよりはとっくの昔にそうだったよ」

 驚き過ぎて、声すら出ない。

「一応言わない約束はしてたけど、もうこっちも隠す理由がなくなっちゃったしね。最初に凛子を家に送った晩、多分あの日が始まりだね。俺なんかなかなか凛子に手を出せなかったもんだから、陰でさんざん『ヘタレ』扱いされたよ」

 誰と付き合っても全然変わらないあたり、由風さんらしいっていえばらしいけどね。

そう続けながら、二人分のコーヒーをテーブルに移してから、明人は凛子の顔を覗き込んでくる。

「…まさかここまで気付いてないとは思わなかったなあ。これじゃ、俺がどんなにさりげなく伝えようとしても、伝わらない訳だ」

 由風のことで驚いていた凛子も、新たな驚きの材料は聞き逃さない。

「ちょ、ちょっと待って。誰が何ですって?」

「え、俺がさりげなく伝えようとしてもって?」

「その前!」

 皿に載せたオムレツその他をテーブルに移しながら、凛子は更に問いかける。

「『手を出す』云々って…」

 いったいいつから凛子を好きになっていたというのだろう? それ以上は言わなかったけれど、察しのいい明人は凛子の言いたいことを正確に把握していたらしい。こともなげにあっさり答える。

「中身には、最初っから惚れてたよ。生真面目で負けず嫌いで、でも恋愛事には鈍くて初心(ウブ)そうで……どうやって落とそうかと色々画策してたのに、外見まで理想のタイプとあっちゃ、こっちまで思春期の中学生男子並にならざるを得なくて」

 言いながらフォークでオムレツを一口大に切って、まずは一口。

「うん、美味い! こりゃ由風さんもハマる訳だ。これからは俺の独占状態になるかもだけどね」

「あ、ありがとう…」

 まだ驚愕覚めやらぬまま、凛子も食事を始める。明人の淹れたコーヒーもとても美味しかったので、思わず感嘆の息をもらす。

「…ただでさえ心と身体とが相反状態で苦しいってのに、誰かさんは天然入ってて無邪気な顔して誘惑してくれるしね。ホント辛かったよ、あの頃は」

 もしかしなくてもまったくの無自覚だった凛子には、そんな覚えはまったくない。

 『誘惑』って…ちょっと待ってよ、あたしそんなことした覚えないわよ!? でも明人さんが嘘つくとも思えないし……それとも気付かないところで何かやってたの…かしら…?

 ちらり…と明人のほうを見やると、人の悪い笑みを浮かべて、にやりと笑う。

「どうしようかと思ってたら、あの『婚約者として連れてこい』騒ぎだろ? 神なんて信じちゃいないけど、天のお導きだと思ったよ、あの時は」

 もしかしなくても、あの蘭子の結婚がらみの顔合わせの時の話なのか。

「外堀から埋めてきゃ凛子ももう逃げられないと思ったら、これがまた手ごわい手ごわい」

 まるでテンプレのアメリカ人のように両手を左右に広げ、「HAHAHA!」と明人は笑う。

 凛子が明人に申し訳ないと思いまくっていたあの頃、そんなことを考えていたのか、この男は!? いまだわずかに残っていた凛子の中の罪悪感が、この瞬間完全に消え失せた。

「そう……こっちがひとさまの人生を狂わせかねないと真剣に悩んでいたってのに、そんなこと考えてた訳……」

 低い、怒りを抑えた声が凛子の喉から押し出されるが、明人はまるで気にしている様子はない。

「とどめに帰りに『寄ってく?』だもんなあ、こりゃあもう実力行使しかないかと思えば、あんな可愛い顔して泣くし。表面上は紳士的に振舞ったけど、身体のほうはもう暴発寸前だったのわかってる?」

「そ、それは多少はわかるけど……」

 そういうこと─────男性の身体のメカニズムについてだ─────に関しては、まるっきり初心な少女でもあるまいに、いくらかはわかっているが、まさかそんなにハッキリ言われるとは思わなかったので、凛子はかあっと顔を赤らめてしまう。

「いや〜、よく耐えたよなあ、あの晩の俺。理想の男だと思わない?」

 明人とはこんな人間だったか? 普段の紳士的な明人といまの明人。いったいどちらの明人がほんとうの彼なのだろう?

「で、その後も紳士的につとめて、女のほうから飛び込んでくるまで待ち続けて……健気だと思わない?」

 コーヒーの最後の一口を飲んでいるところで言われて、昨夜の自分の行動が瞬時に脳裏によみがえってしまい、凛子は思いきりむせてしまった。慌てて口に手を当てて、何とかおさまるのを待つ。しかし、ここまで言われっ放しだと、さすがの凛子も腹が立ってくる。結局、明人は何が言いたいのだ!?

「もうっ 結局何が言いたいの!? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言って!!

 いいかげんキレて声を荒げて言ってやると、すっかり食事を終えたらしい明人が凛子の真横にやってきて、ぽつりと呟く。

「──────まだ足りないんだ」

「え、あ、食事の量足りなかった? 由風が女性にしては食べるほうだから、そのぐらい作れば足りるかと思ってたんだけど、やっぱり男の人じゃ足りなかったのね」

 そう答えた瞬間、明人ががくんと肩を落とした。

「天然はどこまでいっても天然か……」

「え?」

「ずっとおあずけくらってた分、一晩ぐらいじゃまだまだ足りないってこと!!

 そこまで言われればさしもの凛子にも意味は通じる。みずからの顔が瞬時に真っ赤になるのを、凛子は自覚した。

「だ、だってさっきだってあんなに…!」

「それでも足りないのっ せっかく想いが通じ合ったのに、明日にはまた一週間仕事が始まるだろ? できることなら毎日だって放したくないってのに、凛子の性格じゃそれも許されないだろ。だから今日は、時間が許す限り帰さない」

「えっと…その」

 何と答えていいかわからなくて口ごもる凛子の前で、明人はすとんと床に膝をついて。まるで子どものように、素直に悲しそうな顔をしてみせる。

「それとも凛子は……俺とずっと一緒にいたいとは思わない? やっぱり俺の…一方通行だったのか」

「…っ!」

 先ほどまでの人の悪い表情と違い、神崎はほんとうに悲しそうで。そういう顔をされてしまうと、さすがの凛子も情にほだされてしまう。

「そ、そんなこと…ないわ。私だって、時間や事情が許すなら、明人さんと……ずっと一緒に…いたい───────」

 素直な気持ちが、ぽろりと口をつく。それを聞いた明人の顔が、すぐにいつもの営業スマイルに戻って。

「なーんだ。なら、何の問題もないじゃないか」

 言いながら立ち上がり、凛子の身体をすぐさま椅子からみずからの胸へと抱き上げる。

「きゃあっ!?

「じゃあ、ベッドにすぐ戻ろういま戻ろうただちに戻ろう!!

 もう完全にやる気モードだ。

「ちょ、ちょっと待って! いくら何でも性急過ぎるわ、せめてここを片付けて顔を洗う時間ぐらいちょうだい」

「俺は構わないけど」

「私は嫌なの!!

 毅然として言いきると、明人はすぐにしょぼんとした顔になって、凛子をあっさりと解放した。

「仕方ないな……凛子のそういうところも含めて好きになったんだし。少し待つよ。ただしっ 少しだけ、いま言ったことをやる間だけだからなっっ」

「はいはい」

 何だか、もう母親になった気分だ。

「あ、そうだ。俺ちょっと買い物に行ってこないと」

「何か買い忘れでもあった?」

「薬局でゴム買ってくる。買い置きは一応してあったけど、足りなくなったら嫌だから」

 いったいどれだけやる気なのだ、この男は!?

「という訳で俺は買い物に行ってくるから。その間に逃げたりしたら、泣くからなっ 泣きながら凛子の名前叫びながら探し回るからなっ!!

 もう完全に毒気を抜かれて、笑うしかない。

「もう、好きにして───────」

 そう答えると、明人の顔がぱあっと輝く。身支度のために洗面所に駆け込んだ明人の後ろ姿を見送りながら、完全に抵抗する気力をなくした凛子は、後片付けのためにお皿やカップを手にするのであった…………。

 そして、翌日の月曜日の朝。

いつもの時間、いつものように会社の最寄り駅を出た凛子は、思わず大きな欠伸をしてしまい、慌てて手を添える。

 昨夜明人の部屋から車で送ってもらったのは、夕食を済ませた午後八時頃だっただろうか。その後は風呂にだけ入って早々に寝たというのに、体力を完全に回復するのには足りなかったようだ。これから毎週こうなのだろうか? そんな危惧が頭をよぎるが、不思議と嫌だと思っていない自分に、誰でもない凛子自身が驚いていた。

「おはよう〜……」

 背後から聞こえてきた声に、答えながら振り返る。そこには、元気はつらつな明人がいると思い込んでいた凛子は、同じように大欠伸をしている姿に驚いて目を丸くする。

「ど…どうしたの?」

 さすがの明人も、三十路を越えてはなかなか体力を回復しきれないということだろうか?

「いや……うちの電話、着信音を消音にして留守電にしまくってたあげく、携帯も電源切ってただろ。凛子を送って帰った後元に戻したら、本家から連絡が行ったらしい実家の両親からの電話攻勢がすごくて……」

「…っ!!

 そうだ。世間一般の常識に照らし合わせて言えば、凛子が最初に挨拶をするのは明人の両親でなくてはならないはずだ。それを飛び越えて、本家に先に挨拶をしてしまったとなれば────もちろんふたりの自主的な意思ではなかったにしても────それを知った明人の両親が怒るのも当然のことといえよう。だから明人は、あの時部屋に戻るなり消音や電源オフの措置を施したのだ。凛子との大事なふたりの時間を邪魔されないために───────。

「や、やだ、やっぱり私もお詫びに行かなくちゃいけないわよね? 知らなかったとはいえ、結果的にご両親を蔑ろにした形になっちゃったんだから!」

「いや、それについては、俺からちゃんと説明したから大丈夫。じーさんの始めた百合を見せたかったんだって言ったら、何とか怒りをおさめてくれたよ」

 挨拶も、あのガキどもにみつかっちまった結果だったしね、と明人は力なく笑う。

「だから、凛子とうちの両親の初対面は、結婚の挨拶ってことで。前に言った時よりちょっとハードル高くなっちゃったけど、大丈夫?」

 以前の凛子だったら、気後れしていたかも知れない。尻込みさえしてしまって、行く決意さえ固められなかったかも知れない。けれど、いまなら大丈夫と確信できた。誰よりも、愛しいひとができたから───────。

「大丈夫。他の誰よりも、勇気をくれるひとが一緒にいてくれるから」

 そう言って微笑むと、明人も満面の笑顔になって。

「俺もだよ。じゃあ俺たち、無敵のカップルってことじゃん」

 ふたりの笑い声が、朝の空に響いては吸い込まれていった…………。

 その後。仕事中にもふたりして時折大欠伸が飛び出してしまったので、由風をはじめとする課の面々にからかわれまくったのは、言うまでもない───────。




                    *      *




 それから。

会社から駅に向かう途中の公園のベンチにどっかと腰を下ろしつつ、由風はめまぐるしかったこの数ヶ月を思い返す。

一番変わったのは、やはり親友の凛子か。今年の春までは仕事中はガッチガチに髪を束ねてお局コース一直線かと思っていたのに、いまではすっかり女性らしい姿になって、けれど仕事の上ではいままで以上に成果を上げている。変われば変わるものだと、由風は思った。何しろ、以前から我が社に出入りしていた取引先の人間が、「新しい人入ったんですか? 僕好みの美人だなあ、声かけてみようかなあ」などと言いだしたくらいなのだから─────もちろん、「あれは以前からいる凛子だ」と答えておいたが、その時の相手の驚きようといったら、ギャグ漫画かと言いたくなるほどだった。まあ、凛子を変えたのはあの男の存在に他ならないけど、と腹立たしいが付け加えておこう。

 神崎明人─────この春まで全然違う県の支社にいたくせに、そちらで誰にも文句を言わせないほどの成果を上げて、故郷であるこちらの支社へと異動の希望を出してやってきた男。いくらこれまでの実績があるとはいえ、あんな短期間でそれまで営業のトップをひた走ってきた由風に肉薄するような成績を上げるなんて、誰が予想できただろうか。女だからとなめられてたまるかと肩ひじ張ってやってきた10年間を、あっさり覆されるものかとライバル意識バリバリで接していた由風に対し、まるで意に介していないかのように飄々としているところも、十年来の親友の凛子がこっちの味方をせずに仲裁に入るのもまた気に食わなかった。何とか奴の鼻を明かせないかと思っていたところで、面白いことが起こったのは、その直後のことだった。

 仕事中とプライベートの顔が別人と言っていいほどに違う凛子に、なんと明人が惚れてしまったのだ! 何という愉快な事態だと、由風は腹を抱えて笑いたくなった。ふたりをどうおちょくってやろうかと画策していたというのに、明人はいつの間にやらこちらの弱み────酒の勢いで後輩の西尾と一夜の過ちを犯してしまったことだ────まで握っており、「手出し無用」とまで言い切ったのだ。

 けっ なーにが「手出し無用」だよ。いつまでもいつまでも、なっかなか凛子と最後までいけなかったヘタレのくせによ。

 脇に放ったままのバッグの中から小さい箱を出して中から一本を取り出し、ライターで火をつけてまずは一服。凛子の前でやると叱られるので────「煙草なんて女性の身体に百害あって一利なし」が凛子の持論なのだ────こうして社外でしか吸えないのが癪だが、今日は週末なので、凛子はとっくに明人のマンションに行ってしまっているため、文句を言う者は誰もいない。

 ふん。いまごろいちゃこらしてるんだろうよ。

 苛立ちのままに紫煙をくゆらせる。明人は煙草を喫わないそうで、そういうところも凛子のお気に召したのだろう。さんざん陰で「ヘタレ」扱いしてやったにも関わらず、明人は地道なアプローチを続け、数年前の失恋のせいで恋愛に臆病になっていた凛子の心を見事射止めてしまった。「想い出の花だから」と言って、凛子が香水まで話に聞いた百合の香りのものに替えた時には、さすがに驚いた。あんなに以前の香水を気に入っていたのに…。

先日あった、凛子の妹・蘭子の結婚式にも、明人は凛子の婚約者として堂々と共に出席したらしい。別に自分も行きたかったとかそういう訳でもないが────そもそも蘭子と一面識もないのに、姉の親友が行ってどうするというのだ────何だか自分の居場所をすべて取られてしまったようで腹が立つ。

 まあ、自分も以前は入り浸りも同然だった凛子の家に、自分の都合で行かなくなってしまったので、お互いさまといえばお互いさまなのだが。それでも時折、凛子の作ったオムレツや肉じゃがの味が恋しくなるのだ。同じく料理上手の西尾のものも十分美味いのだが、やはりどこか違うものなのである。

 だーっ 実家を出て嫁をもらった男か、あたしはっ

 ガリガリ…と頭をかいたところで、待ち合わせの相手が姿を現した。「もう少しだけかかるからどこかで待っていてほしい」と言っていた西尾だった。

「お待たせしました」

「よう。残業は終わったのかい」

「おかげさまで。いいもの喫ってますね、僕にも分けてくださいよ」

「ほらよ」

 煙草の箱を投げてよこすと、西尾は笑顔で受け取る。一本取り出して、由風の吸っているものから直接火をもらって、まずは一口。親しく付き合ってから知ったことだが、西尾はアフター5だけ煙草を喫う男だった。会社では、「イメージを壊したくない」という理由で喫わないのだとか。

「もうずっと先に行っていると思ってましたよ。凛子さんは一緒じゃなかったんですか?」

「愚問だよ。とっくの昔に白馬の王子にさらわれたに決まってんだろ」

 確かにこの公園までは一緒だったのだが、後から急いで追ってきた明人にあっさりかっさらわれてしまったのだ。

「ああ、だから由風さんのご機嫌が斜めな訳ですか」

 見ただけで他人の機嫌を見抜く如才のなさも西尾の特徴のひとつだが、あまりにもずばりと見抜かれると腹が立つ。

「うっせー」

「最近、週明けの凛子さんの髪形が楽しみなんですよね。今度はどんな髪形を見せてくれるのかなって」

 凛子にしてみれば、「好きでやってるんじゃないわよっ」とキレそうな言い草だ。毎週末、「自分のものだという証し」と称して明人が好き勝手につけまくるキスマークに苦慮しての結果なのだから。ならば下ろしたままにしておけばいいだろうに、本人いわく「それだと髪が邪魔で仕事の能率が下がる」のだそうだ。

「悪かったね、短い髪の上につけ甲斐のない女で」

 明人に対する嫉妬半分、凛子のようになれない自分────仮に自分がつけられたところでまるで気にしないのが目に見えているからだ────への苛立ち半分で、不機嫌丸出しで告げてやると、西尾が心外なものを見る目でこちらを向いた。

「あれ、意外に気にしてたんですね。でも僕は、由風さんみたいに潔いタイプが好みですけどね。うちの姉もそうでしたけど、男と対等に戦える女性が好きみたいで」

「シスコン」

「はは、言われると思いました」

 と言いつつ、西尾は気にしている様子はない。

「神崎さんみたいに『俺のものだから手を出すな』なんて牽制するようなタイプに、自分がなれるとも思えませんし」

「それは言えるわ」

「でしょう?」

 ここで由風はようやく心から笑うことができた。

 そうだ。何も、凛子と明人のようになることもない。自分たちは自分たちなのだ。

「さて。そろそろ行きましょうか。今夜は何が食べたいですか? できる限り、リクエストにお応えしますよ」

 喫い終わった煙草を由風の持つ携帯灰皿に入れながら、西尾は立ち上がる。

「そうだなあ…今日は肉の気分じゃないし……ブリの照り焼きなんてどうよ?」

「ああいいですね、僕も結構好きですよ。じゃ、買い物に行きましょうか」

 まあいいさと由風は思う。いずれ来るふたりの結婚式にて恐らく頼まれるであろうスピーチで、シャレになる程度の暴露話はぶちまけてやる。そう固く誓った由風に、どこぞのカップルがくしゃみをしたかはさだかではない……。



    





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2013.1.24up

すっかり自他共に公認になったふたりです。
残るは結婚へのカウントダウン?
でもそこからが一番面倒なんですよねー…。

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