春には貴絵や達も一緒に花見に行ったり、夏には海に行ったり────何しろ去年はそれどころではなかったので────して、楽しい日々を過ごしていた。 「今度は、紅葉狩りかな?」 「貴絵ってば、気が早過ぎよ」 食堂で貴絵と共に昼食を摂っていた夕映は、つい小さく笑ってしまった。そのまま、廊下へと何気なく視線を移すと、この天原署の署員ではないが────全員の署員について知っている訳ではないが、見覚えがあるかないかで同じ署の人間かどうかぐらいはわかる────何となく見知った気がする短い髪の女性が歩いていくのが見えた。 「どしたの? …ああ、本庁の芳本警部補ね。市原のお姉さんの友達だとかで、市原とも昔から面識あるって聞いてるけど」 「…っ」 そんなこと、初耳だった。そういえば、貴絵と達は暁が入院していた頃に偶然プライベートで希と親しくなったという話だったから────どういうなりゆきでそうなったのかは、三人とも詳しく教えてはくれないが────夕映も知らなかったそんな話を聞いていてもおかしくはないのかも知れない。もっとも、元から同僚だった貴絵はともかく達は、普通の友達同士というよりケンカ友達といったほうが正しいかも知れないが。 「こないだ、ひき逃げ犯がうちの所轄に逃げ込んできて、捜査課のみならず交通課の男性陣も逮捕するのに協力したって話だから、そのことで来たのかな」 それは、夕映も聞いていた。夕映たち女性署員は、「危険だから」という理由でその逮捕劇に参加させてもらえなかったので、少々不満ではあったのだが────夕映にしてみれば、警察官という仕事に男女の差など必要ないという考えだったので────その後暁に話した時にとんでもない形相で反対されてしまったので、とりあえず不満は自分の胸の内におさめることにしたのだ。暁に言わせれば、夕映にはできるだけ危険なことをしてほしくないという皆と同じような意見だったが、大事な恋人に心配をかけたくないと思う気持ちは貴絵同様に夕映の胸の中にも確かに存在していたので、それ以上文句を言うことはやめた。以前、暁が事故に巻き込まれた時のあんな胸が押し潰されそうな思いを、暁には味合わせたくなかったから。 「ああ、あの時はホント大変だったみたいね。何でも芳本警部補ももう少しで大怪我するところだったとか」 「間一髪のところで市原に助けられて、無傷で済んだらしいけど……本庁から出張ってきただけに、警部補がかなり無茶したらしいわよ」 「よっぽど、自分の手で捕まえたかったんでしょうね」 その後、昼食を済ませてから、お手洗いに寄っていくと言う貴絵と別れて廊下を歩いていた夕映は、ふと午後の書類整理に必要な資料があることを思い出し、資料室のある方向へと足を向けた。資料室ならとくにノックも必要ないだろうと思ってドアをほんの少し開けかけた夕映は、中から聞こえてくる誰かの声に気がついた。もしかして、個人的に内密の話でもしている人たちがいたのだろうか? そう思ったところで、中から聞こえてきたのが聞き覚えのある声だったので、驚いてしまう。 「……で? 納得のいく説明をしていただけるんでしょうね、美月サン?」 言葉は丁寧だったけれど、どことなく棘を感じる声。希がこんな声を出すことがあるなんて────女性、それも年齢的にも立場的にも上の相手に、だ────夢にも思わなかった。そういえば、彼女とは個人的なつながりがあるようなことを、貴絵が言っていたことを思い出す。 「だ…だって」 対する女性の声は、普段の凛とした彼女の声とはまるで違っていて、弱々しいものだった。大して接点がある訳ではないので、それほど彼女のことを知っている訳でもないけれど。 「『だって』? 『だって』何ですか? 公的な場ではそんな言い訳は通じないことはわかっているんでしょう?」 「の、希くんの意地悪っっ」 普段のふたりとはまるで違う、立場が完全に逆転してしまっているような────ついでにいうなら大人と子どものそれのようでもあった────やりとりに、とてもではないが夕映は驚きを隠せない。 「意地悪とかそういう問題じゃないでしょう。あのまま俺が放っておいたら、美月サンはいまごろ病院のベッドの上ですよ。猛スピードで逃げようとする車の前に立ちふさがった行為に対する、正当な理由をお聞かせ願いたいものですねえ」 慇懃無礼な声や口調を崩すことなく────恐らくは、彼女に見せている態度や表情もそれと変わらないものだろうと安易に想像がつく────希は続ける。 それにしても。無茶をしたとは聞いていたが、そんなことをしていたのか、芳本警部補という人は! 「だ、だって、ひき逃げに遭った被害者の女の子は、下手をしたら後遺症が残るかも知れない重傷を負ったのよ? まだ小学生なのに、そんな目に遭わせるような奴を逃がすなんて、できる訳ないじゃないっ」 「……気持ちはわかるけど。それで貴女が怪我でもしたら…いや、怪我で済めばまだいいですけどね、最悪の事態にでもなったら、更に悲しむ人がいるってことを忘れてやしませんか? 貴女のご家族に、同僚たちに、うちの姉を含む友人たちに……それから、この俺もです」 最後のほうは、それまでとは打って変わったトーンで告げられた言葉に、息をのむ気配。しばしの沈黙の後、小さく聞こえてきた「ごめんなさい」という声と同時に、夕映は中にいるふたりに気付かれないように、細心の注意をはらってドアをそっと閉めた。決して他人が聞いていい会話でないことを、いまさらながらに思い出したのだ。 もしかしたら……あのふたりの間には、他人にはわからない絆があるのかも知れないと、夕映は思う。それがどんな形のものであれ、ふたりが幸せになってくれたらいいと思う。夕映には、祈ることしかできないけれど──────。 「ん? どした?」 首だけをこちらに向けて、楽しそうな笑顔で暁が問うてくる。 「ううん、別に何もないんだけど……何となく、甘えたくなったの」 「……」 少しの時間を置いて、止められる水道の音。手を拭くと同時に、暁がくるりと体勢を変えて、こちらを向いてその胸に夕映を抱き締めてくれる。 「…何か、嫌なことでもあったのか?」 どことなく心配そうな声に、ゆっくり首を横に振る。 「ううん、そんなんじゃなくて……みんな、幸せになれたらいいなって思ったの」 「そ、か」 暁はそれ以上のことを訊かず、突然夕映の身体を抱き上げてきたので、夕映は小さく驚きの声を上げてしまった。 「んじゃとりあえず、手っ取り早く俺らから幸せになろっか♪」 そんなことを言いながら、隣の部屋に既に敷いてあったらしい布団の上に下ろしてきたので、夕映はもう笑うしかない。 「すっかり準備万端だったくせに、よく言うわね」 以前貴絵が言っていた、「どんな男でも結局根はすけべよ?」という言葉を思い出してしまって、笑いが止まらない。 「何とでも言え。カモのほうからネギしょってやってきてくれたんだ、こんな好機を逃す訳ないだろ」 「ご飯、食べたばっかりなのに…」 「それとこれとは別もん。よく言うだろ、『デザートは別腹』って」 「私、デザートなの?」 くすくすくす。もう、可笑しくてたまらない。そんな笑いを止めるように、温かな唇でふさがれる唇。 「ん…」 啄むようなそれから、舌を絡めるような激しいそれになっていく間に、耳元からなぞるように移っていく指先。耳朶や耳の後ろ、首筋と鎖骨のあたりを念入りに撫でてから、胸元へと移る。思わず息をついたのも束の間、今度は首筋にキスを落とされて、夕映は反射的に身を震わせてしまう。それと同時に両胸に手を伸ばされて、息をつく暇もない。 「ん? 夕映、胸が少し…大きくなったか?」 「え…大きくなったといっても、ほんの少しよ? ブラがきつくなってきたから、次の非番には買いに行かなきゃと思っていて……よくわかったわね」 「そらー、毎度直接触って確かめてるしー」 言いながら、暁は両手を大きく広げて、下から押し上げるような動作をして見せる。その仕草が妙にいやらしく見えて、夕映は何だか恥ずかしくなってしまった。 「その手つき、やめて…」 「え? いいじゃん、俺が育てたようなもんなんだから」 暁は実に楽しそうだ。 「もうっっ」 「それじゃ、その成果をとことん味合わせてもらおっかなー♪」 「え…あっ!」 言うが早いか、服を押し上げ、ブラのホックを外す手と、胸先に触れる舌先。両手は下から横から、満遍なく揉み上げてくる。絶妙な力加減のために痛みは感じないが、それだけで呼吸が乱れてしまうのがどうにも恥ずかしい。とっさに暁の服の袖を掴みかけるが、服は既に脱がれていて、自分とは明らかに違う肌の感触を手のひらに感じるだけ。まったく、いつもながらやることが早い。 「とことん味わう」と言った通り、しばらく胸の感触を楽しんだ後は、上半身に中途半端に残った服を脱がせながら、背中の傷跡を優しく撫でさすってくれる。初めて彼に抱かれたあの晩以来、暁はこの傷跡を労わることを決して忘れはしない。それが、夕映にはとても嬉しかった。あの時言った通り、「その傷跡もすべてひっくるめてこその夕映なんだ」という言葉が、本心から出たものだったのだとそのたびに実感できて。そして、生来のものなのか傷跡のせいで敏感になっているのか、その部分を刺激されると、くすぐったいようなぞくぞくするような感覚が背筋から全身にかけて走り、知らない間に途切れ途切れの声を上げてしまう。 「ほんっとーに…夕映は背中が弱いよな。このへん触ってると、いっつも可愛い声上げてくれるもんな」 「そ、んなの…知らな……っ ああんっ!」 思わず大きめの声を上げてしまう。 そして、やがて夕映は気付く。いつもならある程度上半身を堪能した後は、暁の手は下半身へとのびてくるのに、今日は何故だかその気配がない。自分でもはしたないと思うけれど、早く触ってほしいと思っているのにそうしてもらえないと…もどかしくて、物足りなくて、つい腿と腿とを擦り合わせてしまうことにも、きっと暁は気付いているだろうにまったくそうしてくれる様子もないと、もうどうしていいかわからなくなる。 「下……触ってほしい?」 「!」 唐突に耳元でささやかれた言葉に、夕映の頬が一気に紅潮する。 「触ってほしかったら…そう言って」 「え…」 「じゃなきゃ、俺からは絶対触らないから」 「な…っ」 暁はいったい、何を考えているのだろう? 夕映の性格からして、たとえそう思っていても言えるはずがないことは、この一年の付き合いでわかっているだろうに。 「いつも俺ばっかり夕映のことを求めてる気がして…時々、無性に不安になるんだよ。夕映に、もっと貪欲に俺を欲しがってほしくて……わがままだとわかってるけど、どうしても言葉に、表に出してほしい時があるんだよ」 どこか苦しそうに見える、暁の表情。それは決して、我慢をしているだろう身体からくるもののみに限ったことではないことは、さすがに夕映にもわかる。 「…………」 思えば、初めて彼とこういう関係になった時から、ハッキリとした言葉で告げたことがなかった気がする。いつも、どこか婉曲な感情表現や言葉ばかりで……それが、彼をこんなにも不安にさせていたのだろうか? いつもそばにいたのに…こんなに近くにいたのに、まるっきり気付かなかった自分が情けなくなってくる。謝りたい気持ちでいっぱいになりかけるが、暁が欲しているのはきっとそんなことではないのだろうと思い直し、両腕で暁の頭を胸に抱き締める。 「こんなこと…暁さん以外のひととしたいなんて思ったことないわ。私が抱き締めてほしいのは、あくまでも暁さんただひとりなの。心も身体も…私だけのものにしたいと思うのも。ほ、欲しいと思うのも……あ、暁さんだけ、なの…………」 本心からの言葉ではあったが、改めて言葉にすると、もう恥ずかしくてたまらない。顔を見せられなくて、両手で思わず顔を覆ってしまい、その上声も最後のほうはもう聞こえていないのではと思ってしまうほど小さくなってしまったけれど、それでも暁の耳にはちゃんと届いていたようで、それまではどこか張り詰めていたように思えた彼の身を包む空気が和らいだ気がして、半ば無意識にホッとしてしまう。 「…ありがとう─────」 強く抱き締めてくれる、優しく力強い腕。夕映がいつも抱き締めていてほしいと思っている、愛しいひとの腕…………。 「素直ないい子には、ご褒美をやるよ」 すっかりいつもの調子に戻った暁が、そっと夕映の腰に触れて…それだけで、待ち望んでいたかのように思わずぴくりと反応してしまう自分が恥ずかしい。穿いていた膝丈のスカートに続いて、丁寧にストッキングと下着を脱がされて……生まれたままの姿にされたとたん、両膝を立てられて大きく脚を開かされたので、驚いてしまった。 「ごめんな。こんなになるまで待たせちまって」 一瞬何のことかわからなかったけれど、それまで隠されていた部分に触れられた瞬間、その意味を悟った。そこは既に熱く潤んでいて、暁の指を難なく受け容れていたから。 「や、やだ、恥ずかしい…!」 「何で?」 「だ、だって、こんなことだけでそんな風になるなんて、わ、私、すごくいやらしい女みたいで……っ」 「んなこと思う訳ないだろ。むしろ俺のためにこうなってくれたって思えて、俺はすごく嬉しいけど」 ほんとうに嬉しそうな顔で笑いながら、暁は夕映の中心にのばす指を増やし、襞を割って秘裂を優しく撫でていく。それだけでも待ちわびていた夕映の身体は敏感に反応して、思わず甘い声を上げてしまう。 「まだまだ。今日は、最高に気持ちよくしてやるよ……」 「…っ!」 元から敏感な花芽をつつくのは、生温かい、指とは違う湿った感触のもの。そんなことをされるのは初めてではないけれど、夕映が殊の外恥ずかしがるので、暁も滅多にしてこようとはしない行為だった。羞恥が、全身を駆け巡る。 「暁さ…や、そこは…っ」 「言ったろ、気持ちよくしてやるって」 それきり、暁は黙ってしまって、代わりに雄弁に語るのは彼の舌。「存分に乱れろ」と言われているようで、夕映は声を堪えきれない。 「だ、ダメ、ご近所に聞こえちゃ…!」 「…大丈夫。隣はこの春大学を卒業して引っ越したし、ここは角部屋だから他には聞こえねーよ」 だから、いままでのように声を我慢することもないのだと、暁は続ける。だからといって、夕映の中から羞恥心が消える訳でもないのだけれど。 その間にも、暁の指は微妙に角度を変えるように曲げたりこすったりして、夕映のナカを存分に翻弄し、舌は強弱をつけて花芽を中心にした場所を存分に味わっている。その上空いた左手を胸に伸ばし、乳房をこね回したり乳首を掠めたりしてこちらからも刺激を与え続けている。間断なく訪れる快楽に、夕映の限界はもう間近だった。唇からは絶え間なく嬌声を上げさせられて、もう何も考えられない。こんな、息もつかせないような愛撫をされるのは、初めての経験だった。 「や、そこは…はあんっ ダメ、んあ、い、い…っ」 自分でも、もはや何を口走っているのかわからないほど、快感が全身を駆け巡る。「恥ずかしい」と思う気持ちより、「もっとしてほしい」という気持ちのほうが自分の中で徐々に大きくなってきていることに、夕映自身は気付いていない。恐らくそれに気付いていたのは、暁だけであろう。何故なら、夕映のナカからはかつてないほどに蜜が溢れていたのだから。そのことにも、夕映自身は気付く余裕がない。 「気持ち…いいだろ? いつもよりすげー締めつけてくるし、舐めても舐めても追いつかないほど、すげー濡れてきてる……」 「やあっ そ、んなこと、な…っ」 否定しても、みずからの下腹部から聞こえてくる水音の大きさは、常以上のそれで────無論、暁が故意にそうしたせいもあるのだが────夕映の顔が更に熱くなる。 「もう限界だろ? イカせてやるよ」 言うと同時に指の動きを早め、夕映が一番快感を覚えた箇所を重点的にこすり始め、花芽をぺろりと舐めてから、唇で軽く挟むようにして吸いつかれたところで、夕映の頭の中が真っ白になった。 「ふ、あ…あああああっ!」 甲高い、悲鳴のような声を上げて、夕映はそのまま絶頂を迎えた……。 呼吸が乱れたまま、整わない。喉がからからで、掠れた声しか出てこない。 「大丈夫か? ほら水、飲めるか?」 夕映の背を支えて起き上がらせてから、暁がペットボトルの水を飲ませてくれようとするが、口にしようとした半分近くの水が唇からこぼれて、口元を伝って更にこぼれ落ちそうになるのを暁がタオルで拭き取ってくれる。 「あり、がと…」 「口元からこぼれる液体って、何かエロいな」 「もうっ」 「…でもって」 「え?」 「ホントはも少し休憩させてやりたいとこなんだけど、俺のほうがもう暴発寸前なんで……いいかな?」 身も蓋もない言い方に思わず苦笑が洩れる。 ほんとうに。自分の恋人は、どうしてこうもすけべなのだろうと思うけれど、好きになってしまったものは仕方がない。 「どうぞ。どうせダメって言っても止まらないんでしょ?」 「さすが夕映、わかってるなあ」 「褒めても何も出ませんよーだ」 「わかってるよ、どっちかというと出すのは俺のほうだし」 ついでに下品ときた日には…夕映はもう諦観の域に達してしまった。 「じゃ、お許しも出たことだし心おきなく……」 言いながら、自分を押し倒してくる暁に、夕映は笑みを浮かべてそっと目を閉じる。 否、だからこそ、もう少しだけ夜にすべてを委ねてみてもいいかも知れない…………。 |
2013.3.4up
ついに、『それ朝』番外編及び、
すべての最終回です。
ラストはやっぱり、このふたりで。
朝が必ずやってくることを知ったからこそ、
夜を恐れずにいられるようになった夕映と、
いつでも彼女を朝へと導いてくれる暁。
これから先、どんなことがあったとしても、
ふたりでいればきっと乗り越えられるでしょう。
最後まで読んでくださって、
ほんとうにありがとうございました。
背景素材「空に咲く花」さま