〔6〕
「…どうしたの?」 「お風呂…入りたい、の……すっかり、汗だくになっちゃったから」 「ああ、そうだね。沸いたらすぐに入らせてあげようと思ってて、忘れてた、ごめん」 言いながら、体重をかけないように凛子の上にかぶさっていたらしい明人がゆっくりと身を起こす。 「それにしても」 「え?」 「全裸より、中途半端に脱ぎかけてるほうがエロいのは知ってたけど…和服だと、それも段チの破壊力だな。死んでも他の男には見せられないや、これは」 「え」 その言葉に自分の格好を見下ろすと、帯が取り払われているせいで浴衣も中に着ていた肌着もほとんど身体を隠す用途を為しておらず、あられもない姿になってしまっている。なるほどこれは、下手に全裸になっているより恥ずかしい。 「────っ!」 慌てて前をかき合わせて、ベッドの上で起き上がる。そのままベッドから下りようとすると、かけられる声。 「大丈夫? ひとりで歩ける? 俺ちょっと、手加減できなかった自覚があるからさ」 「だ、大丈夫…っ」 そう言いながら、床に足をつけて立ち上がろうとした凛子だったが、脚にまるで力が入らなくてまともに立つこともできず、その場にへたり込んでしまった。それを予想していたらしい明人の、苦笑めいた声が耳に届く。 「ほら。風呂場まで、連れてってあげるよ。その後は全身綺麗に洗うのも引き受けるから」 「い、いいわよ、そんなことっ」 言ってみても、立つことすらできない現状では説得力はない。そんなことをしているうちに、同じようにほとんど半脱ぎになっている明人が立ち上がり、凛子の背と膝の裏に腕を回して、その身体を軽々と抱き上げる。 「無理しないの。今日は、凛子をとことん甘やかすって決めてるんだから。さ、湯浴みにまいりましょうか、姫」 自分でもすっかり忘れていた詭弁ともいえる設定────ある特定の状態ではプレイ上の設定ともいう────を改めて口に出されると、恥ずかしさも改めて倍増して胸に押し寄せてくる。 「そ、その言い方やめてってばっ」 「えー、何でー?」 明人はまるで平気な顔だ。 その後も隙あらば逃げようとするのだが、ろくに力が入らない身体ではどうすることもできず、季節柄暑いけれど気持ちよく感じる浴室の中で、全身くまなく丁寧に磨かれまくってしまった────明人のやることなので、もちろんただ洗うだけでは済まなかったが、それは必死の抵抗と声を抑えることで何とかやり過ごした。一緒に入浴するだけでも恥ずかしいというのに、全身洗われて────だけではなかったが────しまうなんて、これは何という羞恥プレイなのだ? 髪を洗われている時とその後のドライヤーはまるで美容室でされているようで、それはそれで気持ちよかったけれど…。それでチャラになるほど、軽々しい恥ずかしさでなかった。執事のように恭しく世話をするように見せかけて、実は凛子に恥ずかしい思いをさせるのが目的ではないのかと穿った考え方をしてしまう。 それでも素肌にバスローブを羽織らされて、再びクーラーの効いた寝室のベッドの上に下ろされると、心地よさにほとんど無意識にリラックスしてしまうのはどうしようもないことで。シーツを取り換えられたベッドの上で、即座にころりと寝転がってしまうのは当然の反応であろう。 「人心地ついた?」 「うん」 「何か欲しいものとかある?」 「ううん」 飲み物は、ドライヤーをかけてもらっている間によく冷えた麦茶を飲んだので、いまはとくに欲しいものはない。 「何もないわ。もう、このまま眠っちゃいそう…」 けれどその次に聞こえてきた声に、凛子の意識は一瞬にして現実に引き戻された。 「それは困るなあ。ご奉仕はまだまだ残っているのに」 「!?」 驚いて顔を上げたところで、同じようにバスローブを羽織った明人の顔が目前に迫っていたので、思わず身を退いてしまうが、退いた分だけ明人が迫ってくるので距離は変わらない。 「え? あの……」 「言っただろ、今日の俺は凛子を悦ばせるためにだけ存在するんだって」 「あの…さっき聞いた時と何となくニュアンスが違う気がするんだけど……」 「気にしない気にしない」 楽しそうに言いながら、顔を更に近付けて凛子の唇を奪う。 「ん…っ」 そうして、口腔内に舌が侵入してくるのと同時に、肩から落とされるバスローブ。下着をつけさせなかったのは、単に暑いからかと思っていたが、これが目的だったのかと凛子はいまさら気付く自分の鈍さに歯噛みしたくなった。 その間にも、唇から頬、耳朶、首筋を伝って更に下へと進んでくる唇に、知らず身を震わせてしまう。胸を大きな手で包まれて、指で先端の周りをくるりと一周されてからまるで果実を味わうかのように先端を口の中に含まれて舌で転がされると、思わず声が出てしまってとっさに手の甲で口元を覆う。 「防音ならちゃんとしてるから、いくら声を出しても大丈夫だよ?」 ちろちろとまるで蛇がそうするように赤い舌先を出されて舐めるさまを見せつけられると、既に慣れた行為とはいえ羞恥が改めて襲いかかってきて、もう見ていられなくて思わず視線をそらす。その隙にいまだベッドについたままだった肘を引かれ、ゆるやかにベッドへと横たわらされる。 そうして、それまで味わっていた先端への手はそのままに、唇はもう片方へと移動する。 「や、ああっ」 「凛子の望むことなら何でもするから…何でも言って?」 舌先や指で胸を弄りながら、もう片方の手で背中や脇腹、太腿から脚の指先までゆっくり優しく撫でられて、身体の内側からわき上がるぞくぞくするような感覚に翻弄されて、息が上がってきてほとんど意味のある言葉が出てこない。明人もそれはわかっているのだろうに、あえて言葉にしろと言うなんて、やはり意地が悪いと思う。 胸から腹部、腰、太腿、脚の付け根へと順に舌を這わされて、くすぐったいようなそうでないような不思議な感覚は更に強くなっていく。その先の意図に気付いて止めようと声を発する前に、両の太腿を掴まれて、大きく広げられてしまう。 「やあっ!」 ぺろりと内股を舐められて、そのまま中心にそっと舌で触れられたとたん、身体が大きく震えた。 「や…そんなこと、しないでっていつも…っ」 「うん。嫌がるのは知ってたけど、今日はとことん奉仕するって決めてたから」 「いや…がるの、わかってるなら…っ」 「でも、こうすると気持ちいいと思ってくれることも知ってるから。大丈夫、恥ずかしいのなんてほんの少しの間だけだから。あとは、何も考えられないくらい、気持ちよくしてあげるから……」 言うだけ言って、明人は行為を続ける。それが凛子にとってどれほど恥ずかしい行為かも熟知しているくせに、あえてするなんて、やはり明人は意地悪だと思う。彼が言った通り、そんなことを考えてられるのも、ほんとうにわずかな間だけだったけれど。 生温かいざらついた舌が、繊細な動きの指が、凛子の弱いところを的確に刺激して快楽を引き出していく。もう、理性なんてどこかに吹っ飛んでしまっていて、唇からはもはや喘ぎ声しか出てこない。制止しようとする声すらもう出せていないことに、凛子自身気付く余裕もない。初めは控えめだった水音が少しずつ大きくなっていき、ねだる言葉こそ出なかったものの、腰は無意識に揺れていて、それが何を意味するかなど明白で。シーツを掴んでいた指がそれをぎゅ…っと握り締めると同時に、凛子はあっという間に絶頂へと導かれていた。 凛子がようやく現実に立ち戻れたのは、みずからの蜜で濡れた指からそれを舐めとり、手の甲で口元を拭う明人の顔を見た時だった。その意味を悟って、たちまち戻ってきた羞恥心が全身を駆けめぐる。 「…っ やっ!」 思わず枕に顔を埋めるが、すぐに手首をとられて引き戻されて、再び目前に迫った明人の顔と対峙する。 「さっきからいままで、そんな可愛い姿を見せられて我慢しろってほうが無理だよ。悪いけど、覚悟してくれ」 「わ、私のためだけに奉仕するんじゃなかったの!?」 「いやー、そうしたいのはやまやまなんだけど、そうもいかない男の下半身事情というものもありまして」 凛子の必死の反論に冗談めかして答えながら、ベッドの脇にあるサイドボードから出したパッケージを破って、中身をこれまた淀みなく自身に装着していく。器用だとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。 「俺の欲求を満たすことイコール凛子を満足させることでもあると思うから、それでご勘弁願いたいなと」 屁理屈だと言おうとするが、その直後明人がみずからの脚の間、まだ余韻を残したままのそこにすぐに入ってこようとせず、まるで焦らすように自分の腰を動かして入口を刺激してきたので、何も言えなくなってしまう。 「あっ んっ ああっ」 堪えきれない声が、凛子の唇から洩れる。身体は疲れているはずなのに、こんな風に刺激されたらもう我慢できない。それをわかっていてやっているだろう明人の余裕さが、癪にさわる。 「…どう? 欲しく、なってきた?」 やはりわざとやっていたかと思った瞬間、凛子の胸元にぽたりと滴のようなものが落ちた。驚いて視線を上げると、冷房はちゃんと効いているはずなのに、明人の額には玉のような汗が浮かんでいた。 「ど、したの…?」 「い、や…凛子がちゃんとその気になってくれなければ、何の意味もないから、さ……。自分だけの都合で、突っ走りたくは…ないから……」 明人という人物が、時々ほんとうにわからなくなる。自分勝手にことを進めるかと思えば、変なところで凛子を気遣って自身に無理を強いてまで律義に筋を通そうとしたり……そんな姿を見せられたら、これ以上拒むことなどできそうにないではないか。親友の由風に知られたら、「だからあんたは甘いっていうんだっての!」とさんざん悪態をつかれるだろうが。 「─────もう」 ため息と共に呟きながら、そっと明人に向かって両手を伸ばす。そのまま、受けとめるかのように、彼の目の前で広げて見せて……。 「ホントに、馬鹿、なんだから……」 「凛子…?」 「……来て」 もうそれしか言えなかったが、明人には十分言いたいことが通じたようで、即座に行動を再開した。すぐさまみずからのナカに十分硬くなったモノを突き入れてくる彼の頭部と腰のあたりに、凛子はまるで動物のような耳と尻尾を見たような錯覚を覚える。少なくとも、彼の心情的には間違いではなかっただろうことを、凛子は知る由もなく。そのまま、自身のナカを埋め尽くす彼の質量に圧迫されながら、大きく深呼吸をする。 「ごめん、凛子にあんなこと言われたら、やっぱもう我慢できない」 言うが早いか、開始される律動。やはりまともな言葉さえ紡げず、凛子の唇から嬌声が洩れる。 「あ…っ あ、き……はや、す…っ」 ようやく出せたのはそれだけだったけれど、凛子の告げたいことを正確に把握したらしい明人から返るのは、謝罪と、けれど要求を了承できない旨の言葉。 「は、ああっ ん、あっ ダメ…ダメ……も、わた、し…!」 「ごめ…っ よ過ぎて…もう、止まらな…っ!」 凛子の脳裏で何かがはじけても、明人の動きは止まることを知らず、すぐにまた凛子を高みへと追い上げていく。一度絶頂に達して身体中が敏感になっているというのに、休む間もなく押し寄せてくる快楽の波は、ほとんど悲鳴のような声を凛子に上げさせ、呼吸さえもままならなくさせる。 そんな凛子の様子が明人の何を刺激したのかわからないが、凛子のナカにいるソレは更に質量を増し、彼にうめき声に近い声を上げさせながらも凛子のすべてを翻弄していく。そして凛子がもう意識を保っていられないと感じた瞬間、彼女のナカで彼が爆ぜた。その感覚が最後の一押しとなって、凛子も再度昇りつめた。 あ…私、あのまま寝ちゃったんだ……。 あまりにハードな夜を過ごしたがために、夜中一度も起きることなく夢すら見ることなく熟睡してしまったようだ。眠りに就いた後のことは、まったく記憶にない。明人がいつ起きていったのかすら覚えていないほどだ。 とりあえず起き上がって、昨日自宅から持ってきていた洋服に着替える。昨日ふたりが着ていた浴衣は、入浴の前にたたんでおいたので、いまは別に持ってきていた紙袋に入っている。さすがに真夏にしばらくの時間着ていたものは、ちゃんと洗わなければいけないから。着替えを済ませて寝室を出ると、コーヒーの香ばしい香りが漂ってきた。キッチンには、フライパンで何かを調理をしているらしい、明人の姿。 「あ、ちょうどよかった。もうじきできるから、顔を洗っておいで」 言われるままに洗面所へ行って、洗顔と身支度を済ませて戻ってくると、すっかり食事の準備が整っていた。 「朝食というより、昼も兼用になっちゃったけど…お腹、すいてるだろう?」 頷きながら手渡してくるコーヒーを受け取って、礼を述べる。そのまま向かい合って座って食事を始めるが、さすがに明人も一人暮らしが長かっただけあって、出されたものは皆それなりに美味で驚いてしまう。 「美味しい…明人さんも結構お料理上手なのね」 「いやいや、凛子の作るものには全然かなわないよ。あ、美味といえば」 「?」 「昨夜の凛子は大変絶品でございました。いやまさか、和服があんなにもそそるものだとは、思ってもみなかったよ。また今度、着てみてくれないか? いま思い出しても身体の一部が元気になっちゃいそうなほど、格別だったよ」 顔は笑っているが、明人の眼はこの上なく真剣だった。 「〜っ! このっ どすけべーっ!!」 よく晴れた夏の空に、凛子の叫び声と明人の笑い声が響き渡った…………。 |
2013.4.26up
やっと終わりました、季節外れネタの改稿。
中途半端で止まるのが多かったわりに、
アホなオチですみません(苦笑)
中途半端といえば、着付けの知識の
フォローをしてくれた桜子姉さん、
ほんとうにありがとうです、おかげで助かりました。
背景素材「空に咲く花」さま